【第15回】『誓いの証言』柚月裕子〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』連載中!
「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』
第15回
「もし、金で被害届を取り下げられるようならどうする」
金が目的ならば、すぐに示談金を払い被害届を取り下げるよう交渉すればいい。相手が受け入れれば事件にはならず、久保も周囲に知られることなく解決できる。ただ、久保にとっては屈辱だろう。金をとられたうえに、自分が無理やり相手を襲ったと認めることになるからだ。
佐方としては、示談での解決は気が進まなかった。久保が無実を訴えるならば、罪を受け入れる必要はない。だが、行為に及んだという事実がある。ここで、合意があったかなかったかという、目に見えない感情を立証するにはかなりの時間が必要だ。
そのあいだに、久保の弁護士事務所の人間に、事務所の代表であるボス弁が不同意性交等罪の容疑で逮捕されたことが伝わってしまう。知った者のなかには、久保への信頼を失い、事務所を辞める弁護士も出てくるかもしれない。
信頼という点においては、依頼に関しても同じだ。本来は、逮捕されても犯人ではない。その事件の容疑がかかっているというだけだ。起訴になり裁判で有罪を言い渡されなければ犯人ではない。
しかし、世間では逮捕されただけで、犯人だと決めつける人間が多い。犯人ではないとしても、事件にかかわるような後ろ暗いところを持つ人間、という見方をする。それが、法を守るべき弁護士だったらどうなるか。金なら働けばまた手に入る。しかし、一度失った信頼を取り戻すのは難しい。今回のことが周囲に知れたら、久保は計り知れないものを失うことになる。
久保はしばらく佐方を見つめていたが、目を閉じて項垂れるとか細い声で答えた。
「たぶん、示談はしない」
「どうしてそう思う」
佐方は訊ねた。
「痴情が絡んでいないならば、金目当てなんじゃないのか。お前が俺の立場でも、そう考えるだろう」
(つづく)
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