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【今月のおすすめ文庫】探偵小説 逸木裕が語る、“探偵”という存在の魅力とは

取材・選・文:皆川ちか

毎号さまざまなテーマをもとに、おすすめの文庫作品を紹介する「今月のおすすめ文庫」。今月は本好きからも多くの支持を集める探偵小説!
平安時代(⁉)から現代まで、さまざまな切り口で活躍する探偵たちの物語を紹介します。
また、2024年8月23日に文庫化された『五つの季節に探偵は』の著者である逸木裕さんに、本作について、また物語における“探偵”という存在の魅力についてお話を伺いました。



今月のおすすめ文庫 探偵小説

『五つの季節に探偵は』逸木 裕(角川文庫)

高校2年生の榊原みどりは、父親が探偵であることから同級生から「先生の弱みを握ってほしい」と頼まれる。やがて爽やかな教師の裏にある醜悪な素顔が見え、みどりは高揚する――。人間の本性を暴かずにはいられない探偵みどりは、いかにして探偵の道を歩むに至ったのか。彼女の人生の5つの季節を切り取った連作短編集。


『キネマ探偵カレイドミステリー』斜線堂有紀(メディアワークス文庫)

留年の危機に瀕する大学生・奈緒崎と、自宅に引きこもり映画鑑賞漬けの日々を送る嗄井戸高久。2人は映画を巡るさまざまな事件に遭遇し、嗄井戸の映画知識と奈緒崎の行動力を駆使して謎を解き明かす――。第23回電撃小説大賞《メディアワークス文庫賞》を受賞。現在もっとも注目されている新世代ミステリ作家のデビュー作。


『探偵は御簾みすの中 検非違使けびいしと奥様の平安事件簿』汀こるもの(講談社タイガ)

検非違使別当(当時の警察トップ)の旦那様・祐高と、その北の方である忍は結婚八年目。高位貴族ゆえにおっとりした性格の夫に代わって頭脳明晰な忍は、御簾の中から次々に難事件を解決する――。バラバラ殺人から宮中での天狗退治まで。合理と不合理が共存する時代ならではの価値観に則った謎解きも新鮮な平安ミステリ絵巻。


『先祖探偵』新川帆立(ハルキ文庫)

東京・谷中銀座の路地裏で探偵事務所を営む風子は、先祖についての調査を専門とする「先祖探偵」。彼女の元を訪れるのは、いろいろな理由から自らの先祖を辿る必要に迫られた人々だ。そして風子もまた幼い頃に母と生き別れた自分のルーツを捜していた……。リーガル・エンタメの新旗手である著者ならではの視点が光るハードボイルド探偵ドラマ。


『占星術殺人事件 改訂完全版』島田荘司(講談社文庫)

昭和11年、密室で画家が殺され、被害者の娘をはじめ親族にあたる若い女性6人がその後、遺体で発見される。「占星術殺人」と名づけられたこの事件は迷宮入りし、それから四十数年後、占星術師・御手洗潔が真相究明に乗りだす――。名探偵・御手洗潔の初登場作にして著者のデビュー作でもある、日本探偵史上に残る衝撃作。


『五つの季節に探偵は』逸木裕さんインタビュー

〈人の本性を暴かずにはいられない〉癖を持つ探偵みどり。デビュー作『虹を待つ彼女』で初登場して以来、逸木作品のファンにはなじみ深い彼女の軌跡を辿った短編集『五つの季節に探偵は』が文庫化されました。「みどりはもう自分の血肉」と語る逸木裕さんに、本シリーズに込めた思いや、職業としての探偵像をお聞きしました。

――世に探偵小説は数あれど、その多くは個人事務所を営んで若干アウトローな日々を送っていたり、本業は別で、探偵活動は“趣味”として行っている感じのイメージがあります。そんななか、探偵会社に所属する会社員探偵であるみどりの設定は新鮮ですね。

逸木裕(以下、逸木):確かに、他の探偵ものとはかぶらない特徴だと思います。みどりについては、探偵という仕事だけで自分の人生が埋まらないようバランスをとっている人物として描きたかったのです。探偵の面だけでなく、組織に属する職業人の面、家族をもつ家庭人の面。それぞれの面を大事にして、ひとりの生活者として生きている探偵像って意外とこれまでなかった気がしますね。

――本書は、みどりが17歳から33歳までの16年間で遭遇する5つの事件を綴った構成です。第1話「イミテーション・ガールズ」はみどりが初めて事件を解決するお話です。

逸木:自分のことを何にも熱中できない人間だと思っていたみどりが、自らの探偵としての資質に気がつく内容です。自分に目覚めるという点では青春小説的な読み味も意識しました。だけど探偵とは本質的に人の秘密を暴くものなので、誰かを傷つけるし、その返り血を浴びることもある。探偵に目覚めてしまったがゆえの“ツケ”を、これからみどりは支払うことにもなる……というのを示したのが、続く「龍の残り香」です。この作品は当初のビジョン通りに書けた初めての短編で、作家としての成長を実感しました。

――さらに第3話「解錠の音が」では、みどりは大学卒業後、探偵会社に入社して2年目の新人探偵となっています。

逸木:この頃のみどりは、後々に振り返って「あの当時の自分はちょっとやばかった」と感じていた時代です。探偵という仕事にかなりのめり込み、業務を逸脱するぎりぎりまで攻めていた、はっちゃけ期 (笑)。僕も書きながら、あぶないなあ……と感じていました。

――とりわけラストシーンに、みどりのやばさが表れていますね。

逸木:みどりって作者側からすると、ありがたいキャラクターなんです。ミステリ作家の多くは毎回、「主人公がなぜその謎を解かなければならないのか」という動機のセットアップに苦労されていると思います。巻き込まれ型にせよ職業探偵にせよ、その事件に取り組む理由がなければならないので。その点でみどりは〈人の本性を知りたい〉性質があるので、自ら事件に飛び込んでくれる。

――そんなみどりですが、年を重ねるにつれ自身の気質との折り合いのつけ方を学んでいきます。それがよく分かるのが第4話の「スケーターズ・ワルツ」。謎を解くことで“依頼人”にかけられた呪いを解こうとしています。2022年度に、第75回日本推理作家協会賞の〈短編部門〉に輝いた作品です。

逸木:ここでは大掛かりなトリックに挑戦しました。当時の担当編集さんから「日本推理作家協会賞の短編賞を今度こそ獲ろう!(註:「イミテーション・ガールズで3年前に同賞の候補になっている)」と発破をかけられ、驚きがありつつ小説としても読み応えのある作品をと思い、頭を捻り続けて書きました。

――最終話「ゴーストの雫」では、みどりは既婚者となり、しかも育休明けですね。4話と5話の間で彼女の人生に何が起きたのか気になりました。

逸木:時系列が空いてしまったのには色々な理由があるのですが、みどりと旦那さんとの出会いや結婚にまつわることは、あまり書こうとは思いませんでした。唐突な例でなんですが、初期の「スター・ウォーズ」シリーズってエピソードとエピソードの間に長い空白期間があることで、独特の膨らみが生まれていると思います。みどりの場合も、彼女の人生をつぶさに描くより、その時期その時期に起きた事件との関わりを、ピンポイントで描くだけにしようと思っています。まあ僕が、みどりの恋愛が想像つかないというのもあるのですが(笑)。

――ここでは部下である須見の視点から、〈女性探偵課〉を率いる憧れの上司としてみどりは登場します。

逸木:実はこの時「みどりシリーズ」には行き詰まりを感じていたんです。初期の頃、みどりは探偵としての自分の在り方に葛藤を抱えるキャラクターとしてスタートしたのですが、いくつか書いていくうちに大人になってしまった。いわばみどりの成長譚は終了したんです。そこへ“みどりもの”の新作という依頼がきて、さあどうしようかと考えた結果、違う人間の視点から描いてみよう、と。それも頭脳派のみどりとは対照的な体力派で、性格もまっすぐな新人女性探偵を……ということで須見が生まれました。

――須見の前職はとびという、これまた女性が就くには珍しい職業設定です。その他「龍の残り香」では香道、「スケーターズ・ワルツ」ではクラシック音楽という、さまざまな分野で生きる人物たちの職業観が深く掘り下げられています。探偵業も同様に。いろんな職業を描くうえでどんな点を大切にされていますか?

逸木:その職業について取材するのはもちろんですが、キャラクターがその仕事にどう向きあっているのか、というところを意識しています。須見の場合は、鳶職のどこが好きで、どんなところに喜びを感じていたんだろう……というのを、とにかく考えました。すると自然と性格や職業観も浮かんでくる。この職業のここを書こう、というよりも、この職業を選んだこの人はどんな人間なんだろう? と考えながら書いています。ちなみに探偵会社に取材したこともあるのですが、フィクションでの探偵たちとは全然ちがって皆さん、とてもちゃんとした社会人の方々でした(笑)。印象としては新聞記者に近かったです。

――探偵としても人間としても成長を遂げたみどりは、これから成熟期に入っていくのでしょうか。

逸木:みどりはもう自分の血肉になっているので、他の人物の視点や依頼人側、犯人側の物語などかたちを変えて描いていったら、まだまだいけるかな、というところです。本書ではそれぞれの話が、ミステリ的な仕組みや小説としての構成も含め、全部ちがうスタイルになるよう趣向を凝らしました。これでみどりの成長はひとまず終了。次作の『彼女が探偵でなければ』(2024年9月28日発売)では二児の母となり、親の立場となったみどりが、さまざまな謎を秘めた子どもたちと向きあいます。これからみどりがどう年を重ねていくのか……作者としても楽しみなんです。


プロフィール

逸木 裕(いつき・ゆう)
1980年東京都生まれ。学習院大学法学部法学科卒。フリーランスのウェブエンジニア業の傍ら、小説を執筆。2016年『虹を待つ彼女』で第36回横溝正史ミステリ大賞を受賞し、デビュー。2022年「スケーターズ・ワルツ」で第75回日本推理作家協会賞〈短編部門〉受賞。他の著書に『少女は夜を綴らない』『星空の16進数』『銀色の国』『空想クラブ』『四重奏』など多数。最新作で、みどりシリーズの続編でもある『彼女が探偵でなければ』が、9月28日発売予定。


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