【第16回】『誓いの証言』柚月裕子〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』連載中!
「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』
第16回
久保はゆっくりと顔をあげた。その表情に、佐方は息をのんだ。激しい痛みを抱えているような、悲痛な顔だった。
「ユウカは、俺を破滅させようとしている」
穏やかじゃない言葉に、佐方は浮かせた尻を椅子に戻した。
「お前、自分が言っていることに一貫性がないとわかっているか」
佐方は訊ねた。
「お前はさっき、恨みを買うような間柄じゃない、そう言っただろう。その相手がどうしてお前を破滅させようとするんだ」
久保は頭を抱えて、首を左右に振った。
「わからない、でもそうなんだ。あいつは俺を憎んでいる」
パニックになりかけている久保を、佐方は落ち着かせようとした。
「少し横になれ。警察には、気分が悪いから休ませてほしい、と言え」
久保は両手で頭を抱えたまま項垂れ、ようやく聞き取れるほどの声でつぶやいた。
「あいつ、俺に薬を飲まされたって言ってるらしいんだ」
「薬?」
佐方は思わず聞き返した。
久保は肩を震わせながら話を続ける。
「バーで席を立ったときに、俺がユウカが飲んでいた酒に眠剤を入れたと訴えているんだ」
「まさか」
久保が大きな声を出した。
「ああ、もちろん、俺はそんなことしてない。だが、俺を逮捕した警察官がそう言っていたんだ。ユウカからそういう被害届が出ていると――」
「証拠はあるのか?」
久保の声が、ふたたび小さいそれに戻る。
「わからない。だが、警察が逮捕に踏み切るからには、その証言を裏付けるものがあるんだろう」
もしそうだとしたら、女が自分で飲み物に薬をいれたことになる。相手はかなり周到に久保を嵌めたのだ。しかし、だからといって破滅させようと思っているとは言い切れない。不同意性交等罪を成立させるために、薬を用いた可能性もある。
佐方がそう言うと、久保は首を横に振って否定した。
「違う。だめなんだ。もし、ユウカの偽証を証明できたとしても、俺はもうだめなんだ」
(つづく)
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