【インタビュー】司法試験勉強中にライトノベル新人賞受賞!? 異色の書き手が描く「脱法的リーガルミステリ」がすごいらしい
『ガラッパの謎 引きこもり作家のミステリ取材ファイル』で第18回「このミステリーがすごい!」大賞・隠し玉として、2020年にデビューを果たした小説家の久真瀬敏也さん。民俗学の知識がたっぷり詰め込まれた「桜咲准教授の災害伝承講義」は現在人気沸騰中のシリーズです。
最新刊の『遺言書を読み上げます 血統書付きの相続人』は、相続問題を専門とする弁護士・竜胆杠葉が、強引かつ脱法的な手法により、次々と依頼を解決していくという物語。
テクニカルでマニアックなリーガルミステリが生まれた秘密に迫ります。
――「桜咲准教授の災害伝承講義」シリーズは民俗学をテーマにしていましたが、今回はリーガルミステリです。大きくテーマが変わりましたね。
弁護士を目指してロースクールで法律の勉強をしていたので、専門的な知識があります。逆に民俗学の方は完全に趣味で勉強をしていました。もともと「ゲゲゲの鬼太郎」や「地獄先生ぬ~べ~」、そして京極夏彦さんの作品が好きでしたので。大学時代に山形にいたのですが、「ムカサリ絵馬」という死後婚の風習があることを知って、妖怪だけでなく民俗学全体に興味を持つようになりました。
私には「法律」と「民俗学」という2本の柱があるので、そうした知識を活用して面白いミステリを書きたいと考えていたのです。
――むかしから弁護士を目指されていたのですか?
弁護士を目指すようになったのは、大学に入学してからです。生物学科に在籍していて、海洋生物の研究者を目指していました。『ドラえもん のび太の海底鬼岩城』を観て、深海生物の研究をしたかったのです。
在学中に、地方には「ゼロワン地域」と呼ばれる、弁護士がいないか、いても極めて少ない地域があることを知りました。そういう地域の人たちの助けになりたい気持ちが芽生え、弁護士を目指すようになったのです。
――深海生物から法学の世界へ──。これまた劇的な変化ですね。
3年生から法学部へ編入したので、勉強ではとても苦労しました。2年間で専門教科の単位をすべて取らないといけないわけですから。大学卒業後はロースクールに進みます。司法試験合格を目指すための教育機関ですね。ここでは、とにかく勉強勉強の毎日です。講義が終わってからも、同級生らと集まって夜まで勉強したりしていました。
このころに気分転換がしたくて趣味でライトノベルを書き始めるのですが、それが新人賞を受賞して、ラノベ作家としての生活も始まることになりまして……(苦笑)。
――司法試験の勉強中に新人賞受賞ですか。珍しい経緯ですね。
「ながら勉強」が得意だったのです。おかげで司法試験はダメだったのですが……(笑)。
深海生物、民俗学、法律……。いろいろと学びましたが、どの分野でもプロにはなれませんでした。でも、小説家としては活かすことができていると思います。よく「義務教育で漢文なんていらない」みたいなことも言われることがありますが、知識なんて役立てようと思えば、いくらでも役立てることができると考えています。
――経歴のお話が面白いので、長くなってしまいました。
本作はリーガルミステリのなかでも「相続」に的を絞っています。独特の設定を思いついたきっかけはなんでしょうか。
ずっと、法律を使ってダイナミックな話が書けないかと考えていました。本作のメインテーマである「相続法」は、司法試験では出題率が低かったため、最低限の勉強だけで済ませてしまう人もいるくらいでした。ですが、私は大家族に育ち、親族関係が幅広かったこともあり、興味深く思っていました。多様なリーガルミステリのなかで、特色を出すなら「これだ!」と思いました。
――本作の魅力は、マニアックな法律知識を楽しめるところにあると思います。それぞれのネタに関して、こだわったところはありますか。
第1話は「ネコに相続をさせたい」という依頼ですね。最初はアンドロイドに相続をさせる話を考えていたのですが、フィクションだとしても、成立させようとするとかなり難解な内容になってしまいます。マニアックな法律知識と、読みやすさのバランスをとって、ネコに相続をさせる話が出来上がりました。テーマが決まってからは、かつて学んだ相続法の知識を総動員してまとめあげました。
第2話は「デジタル遺品」に関するお話です。現代社会を生きる人ならば、だれしも「死後に自分のパソコンのデータがどうなるのか」という問題を考えたことがあると思います。遺す方の不安感と、遺された方の「知りたい」という望み。この相反する気持ちを描けば、ミステリ的にも面白くなりそうだと考えたのです。解決策は、主人公の竜胆杠葉弁護士だからこそできるもの。現実の弁護士が担当したら、絶対にこうはならないだろうという面白さを意識しました。
第3話では「相続人と連絡が取れない」という現実的にもよくある問題を描きました。行方不明の相続人をテーマにした時、どうすればスリリングになるか頭を悩ませました。この点は、失踪に関する別の問題や、人間消失の謎も絡ませることで、読み応えがあるものにできたと思っています。
第4話は土地の相続に関するお話です。これも身近な問題ですよね。「遺す側」と「遺される側」、どちらの気持ちも軽んじないで、相続問題を解決する方法を考えました。ここでは、不動産投資に関する記事を読んだり、親戚の体験談も聞いたりしながら、ネタを考えていきました。ここでも竜胆杠葉にしか到達できないような、ダイナミックな解決方法を描いているので、是非本編を読んで確かめてみてください。
――主人公・竜胆杠葉弁護士の強引なキャラも大きな魅力ですね。キャラクター設定でこだわったところはありますか。
杠葉には強引なところがあり、脱法的な手法もいとわずにズバズバと依頼を解決します。通常の法律の解釈であれば理不尽に扱われる人たちが救われるので、スカッとする読後感をお楽しみいただけると思います。ただ、強引で力があるだけでは魅力がないので、彼女にはひょうきんなところを残しています。いろんな趣味に手を出しているが、どれもまともな楽しみ方ではないところなどは、彼女の可愛さのポイントになっています。
――まさに久真瀬さんの幅広い知識が活きた作品ですね。これからの創作活動でも、新たなジャンルに挑戦されるのでしょうか。最後に、今後の展望を教えてください。
幸いなことに、民俗学と法学という、私が好きで勉強してきた分野を題材にしたミステリを世に出すことができました。今後もそれらを書き続けることはもちろん、ここはやはり、生物学の知識を使ったミステリも新しく書いてみたいですね。
私自身、いろんな知識を活用した話、というか、知識に基づきつつも、小説ならではのひねくれた解釈をした話を考えるのが好きですから。
もちろん、他にも興味のある分野はあるので、今後も様々な分野の勉強を楽しみながら、その知識を活かした面白い話を書き続けていきたいです。