【書評】女性への凄まじい差別の時代、何かが間違っていると気づいた男たちの存在が心に残る。小説家・中島京子が読む、『月花美人』(著:滝沢志郎)
このユニークな時代小説が理解の入り口になるのではないだろうか。
評者:中島京子(小説家)
江戸時代が舞台。衛生的な生理用品を開発しようと奮闘努力する武士・望月鞘音の物語。実話ではなくフィクションと聞いて、「設定に無理がないか」と考えたのもつかの間、読み進むほどに物語にぐいぐいと引き込まれ、拳を握りしめて登場人物に肩入れするようなことになっていた。
フィクションを支える史実が丁寧に掘り下げられていて、描かれる人物たちの心の動きに説得力があるからだと思う。考えてみれば、滝沢志郎さんはデビュー作からして、よくまあここまで調べたなあ、と思わせた、調べ物の名手、史料の鬼だった。この作品を書くために、生理用品を滝沢さん自ら使用してみた体験をⅩに投稿してバズっていると聞いたが、そこまでするのか! というのも滝沢さんらしい。史料にしろ、体験にしろ、その徹底ぶりが小説の屋台骨なんだなあと改めて思った。
流行り病で死んだ兄夫婦の遺児・若葉の喘息のために、田舎に引っ込んで暮らす鞘音は、剣鬼とよばれるほどの使い手でありながら無役で、漉き返しの紙(浅草紙)をつくって糊口をしのいでいる。たまたま、止血のために作製した傷当てパッドのようなものを、紙問屋の壮介が「サヤネ紙」と名づけて売り始める。「サヤネ紙」を生理用品として女の患者たちに使わせようと考えた女医者の佐倉虎峰が改良を持ちかけ、鞘音、壮介、虎峰は新商品開発に知恵を絞ることになる。初潮を迎えた若葉の存在が、武士の体面にこだわる鞘音のかたくなさを変えていくのだが――。
鞘音はそれまでまったく知らなかった月経事情を知って驚愕するわけだが、読んでいるこちらもマグマのような怒りが腹の底から湧いてきた。
「女人は穢れ」
「女人は出産や月経における出血により、地の神・水の神を穢す」
「死後は血の池(血盆)地獄に落ちる」
「穢れが極まった時期(月経期)を女たちは隔離されて不浄小屋で過ごす」
なんなんだ、穢れだの不浄小屋だのって! しかも、家で寝ているなんてことは許されないから、女たちにとっては「不浄小屋」へ行ったほうが休めるのだという。――凄まじい差別、無理解、偏見に唖然とする。そしてこのあたりはもちろん創作ではない。江戸時代のことだよ、と自分を落ち着かせようとするが、この国にいまだに蔓延る女性軽視のおおもとには、こうした文化的背景もあるのかと考えさせられた。
救われるのは、登場人物の大勢を占める男性キャラクターたちが、その理不尽にいっしょに怒ってくれることだろう。鞘音が怒り出すのは、養女にした若葉の難儀を目にしたためだし、紙問屋の壮介が「月花美人」と名づけたそれを普及させようとする意志のもとには早くに亡くなった母への思いがある。懐具合が苦しいという切羽詰まった事情で製作にかかわる大和田道場の武士たちが、それぞれの妻にこっそり背中を押されていたりするのもなんだか微笑ましい。愛するものたちの困難に直面し、何かが間違っていると気づいた男たちの存在が心に残る。
開発秘話が生理用ナプキンの進化をなぞっているところがちょっと笑えたり、随所にユーモラスな描写もあって、リーダビリティが高く、時代小説を読みつけない読者にも楽しめるはず。とくに、毎月、痛みや眠気や脚のむくみや頭痛や倦怠感や、ありとあらゆる不調に耐えている女性たちは、「月花美人」の製作に従事した人々の物語にちょっとうるっとさせられるし、いまはもう「穢れ」だの「不浄」だの言われないにしても、それがどんなに煩わしいものか知らない男性読者には、このユニークな時代小説が理解の入り口になるのではないだろうか。
評者プロフィール
中島京子(なかじま きょうこ)
1964年、東京都生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒。出版社勤務、フリーライターを経て、2003年に小説『FUTON』でデビュー。10年『小さいおうち』で直木賞受賞。14年『妻が椎茸だったころ』で泉鏡花文学賞、15年『かたづの!』で河合隼雄物語賞と柴田錬三郎賞、『長いお別れ』で中央公論文芸賞、20年『夢見る帝国図書館』で紫式部文学賞、22年『ムーンライト・イン』と『やさしい猫』で芸術選奨文部科学大臣賞、『やさしい猫』で吉川英治文学賞を受賞した。
書誌情報
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