【第31回】『誓いの証言』柚月裕子〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』連載中!
「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』
第31回
「若社長の件って?」
口の中に残っていたせんべいを麦茶で流し込むと、大橋は原じいのほうへ身を乗り出した。
「とぼけんなよ。このあいだの組合会議で議題になった、蕃永石製品を大量生産する話だよ」
蕃永石の職人たちは、蕃永石事業協同組合に入っている。蕃永石製品の受注の共有や、資材の共同管理、若手の育成などを目的としていて、組合長の下に五人の理事、二人の監事、そして組合員、合わせておよそ三十名で組織されている。
組合では月に一度、会合を開いている。事務的な組合費の支出報告から、祭りやイベントといった地域の行事に関してまで、議題は幅広い。しかし、大きな問題はなく、会合のあとはみんなで行きつけの居酒屋でいっぱいやるのが常だった。
組合の空気が変わったのは、二年前――前組合長の児玉謙吾がなくなり、そのあとを勝也が引き継いでからだ。
勝也は、もっと蕃永石の事業を拡大すべきだ、と組合員に訴えた。
蕃永石は花崗岩のダイヤモンドと呼ばれ、古くから貴重な石とされていた。歴史に名を残している武将や権威ある著名人の墓石をはじめ、石碑、城や公共的な建物に使用されている。
しかし、近年では知名度が下がり、受注も少なくなっている。このままでは蕃永石が廃れてしまう、という。
勝也が持ち出した問題は、組合でも長く議論されてきたことだった。どうしたら、もっと蕃永石を多くの人に知ってもらうか、どのように活用すれば需要が増えるだろうか、といったことだ。そのたびに、各地で行われる岩石関係のイベントでチラシを配ったり、インターネットで情報を流すといった対策を講じてきたが、貴重であるがゆえに高価な蕃永石はなかなか世間に浸透しなかった。いまの時代、職人を目指す若手も少なくなっている。それもあり、蕃永石事業は現状を保つことが精いっぱいで、大きく広がることはなかった。
(つづく)
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