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【ブックガイド】9月21日は賢治祭! 初心者にもおすすめ 宮沢賢治をひもとく物語12選

約90年前、37歳の若さでこの世を去った宮沢賢治。生き生きとした自然や動物たちの描写にユニークな表現や擬音の数々。そしてそこに垣間見える死生観。壮大な想像力と強い苦悩によって描かれた彼の作品は令和になった今でも世界中の人々の心をつかんで離さない。
今回は毎年9月21日(賢治の命日)に開催される賢治祭にちなんで、初心者にもおすすめな宮沢賢治の物語12作をご紹介。
宮沢賢治研究者の栗原敦さんの力を借りながら、さっそく宮沢賢治の作り出したイーハトーブの世界に浮世を離れ、飛び込んでみよう。

※「ダ・ヴィンチ」2023年6月号より転載
取材・文:阿部花恵



1:当軒は注文の多い料理店ですからどうかそこはご承知ください。

『注文の多い料理店』(角川文庫)

イーハトーブの物語が〈あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを〉願うと語る序文の美しさに打たれる短編集。「世界は多重で多層であり、その重なりが干渉し合う中にこそ物語が成立する。表題作がその真理を表現しています」(栗原さん)


2:あいづやっぱり風の神だぞ。風の神の子っ子だぞ。

『風の又三郎』(岩波少年文庫)

「どごがらだが風吹いでるぞ。」不思議な転校生をめぐって少年たちの心はざわめく。方言を多用して土着的な側面を打ち出した童話。「外の町から来た存在によって引き起こる動揺により、普段は無自覚な生活や自然の成り立ちが立体的に示されます」(栗原さん)


3:僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。

『新編 銀河鉄道の夜』(新潮文庫)

銀河鉄道に乗って夜空を旅する少年たちを幻想的に描いた宮沢賢治の代表作。最終形に至るまでに三度の大幅な改稿が行われている。「少年が大人の入り口に立ち、自身と母たちの人生を背負うことを決意する物語」(栗原さん)


4:わたしのような者は、これからたくさんできます。わたしよりもっともっとなんでもできる人が、私よりもっと立派にもっと美しく、仕事をしたり笑ったりしていくのですから。

『宮沢賢治 未来への伝言 1 グスコーブドリの伝記』(書肆パンセ)

イーハトーブの大きな森で生まれたグスコーブドリとネリの兄妹。だが飢饉によって親は消え去り、兄妹も引き裂かれてしまう。『ヘンゼルとグレーテル』の陰画のような構成の物語に、自然の猛威と畏怖、科学技術への期待が詰め込まれている。


5:ゴーシュはどんどん弾きました。
猫が切ながってぱちぱち火花を出したところも過ぎました。

『宮沢賢治絵童話集 ⑥ セロ弾きのゴーシュ』天沢退二郎、萩原昌好:監修 名倉靖博、渡辺 宏、加藤宇章:画(くもん出版)

人気イラストレーターが宮沢賢治の童話に新たな息吹を吹き込んだ、大人も楽しめる全15巻の絵童話集。下手なセロ弾きのゴーシュは、ある夜の三毛猫の訪問を皮切りにちょっと奇妙な音楽会を開催することになる。表題作ほか2編を収録。


6:ああかがやきの四月の底を はぎしり燃えてゆききする おれはひとりの修羅なのだ

『宮沢賢治コレクション6 春と修羅―詩Ⅰ』(筑摩書房)

最愛の妹トシの喪失を生々しい悲しみと共に描き出した「永訣の朝」をはじめ、関東大震災から逃れてきた被災者を見つめる「風景とオルゴール」などの詩編や心象スケッチを収録。刊行年が1924年(大正13年)であるため、今年が100年目にあたる。


7:かた雪かんこ、しみ雪しんこ。

『宮沢賢治のおはなし4 雪わたり』宮沢賢治:作 とよたかずひこ:絵(岩崎書店)

「かた雪かんこ、しみ雪しんこ。」晴れた冬の日、森の近くを歩いていた仲良し兄妹は、白いきつねの子と出会う。そこで次に雪が凍った月夜の晩に開かれるきつねのげんとう会に
招待されて……。雪国の情景と素朴な交流に心あたたまる名作童話。


8:雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ 夏ノ暑サニモマケヌ

『雨ニモマケズ』宮沢賢治:作 柚木沙弥郎:絵(ミキハウス)

死の2年前、賢治が自身の手帳に書きつけた「雨ニモマケズ」から始まる短い祈りのような文章が、いつしか時を経て代表作に。染色家・画家の柚木沙弥郎によるのびやかな絵も心地よい。賢治の弟の孫にあたる宮沢和樹氏が明かす解説の逸話も貴重。


9:きのこはみんないそがしそうに、どってこどってこと、あのへんな楽隊をつづけました。

『画本 宮澤賢治 どんぐりと山猫』宮澤賢治:作 小林敏也:画(好学社)

土曜日の夕方、一郎のもとへ届いた裁判への意見を伺いたいというおかしなはがき。翌朝一郎は、ひとり歩いて差出人の山猫のもとを訪れる。そこで見たにぎやかでおかしな裁判の風景とは?


■ 栗原先生のおすすめ3作!

10:とっこべとら子に、だまされだ。あゝ欺だまされだ。

「とっこべとら子」(『宮沢賢治全集 5』所収)(ちくま文庫)


欲深な酔っ払いの六平ぢいさんを騙したのは誰? 意地悪な小吉が仕掛けたいたずらの顛末は……。人を化かすのは狐か、それとも? 「『林の底』『十月の末』と並び、“語り”の魔術師のような見事さ。そして、滑稽な笑いは落語顔負け」(栗原さん)


11: あゝ全くたれがかしこくたれが賢くないかはわかりません。

「虔十公園林」(『宮沢賢治全集 6』所収)(ちくま文庫)

周囲の皆からは愚か者と思われている虔十。だが、数十年後、彼が守った美しい風景は……。「単純な愚かさに見えるものの存在が、大きな見地からは全く異なる内面的意義を持つことを証し立て、世の決めごとの危うさや欺瞞が暴かれます」(栗原さん)


12:誰が許して誰が許されるのであらう。われらがひとしく風でまた雲で水であるといふのに。

「竜と詩人」(『宮沢賢治全集 8』所収)(ちくま文庫)


晩年に書かれた「短篇梗概」等として残された作品のひとつ。「詩の競いに一等を得た詩人に、洞窟に封じられた老竜の歌を盗作した疑いが流れることに始まる、竜と詩人の芸術論議を主題とした短編。大人を対象とした見事なものだと思います」(栗原さん)


■ 栗原敦さんが語る宮沢賢治の魅力

『ダ・ヴィンチ』2023年6月号では宮沢賢治を特集

「尽きることのない喜びと悲しみの深さ。人の世にある苦しみを解き放つ願いゆえに、生涯を通して苦闘し続けた《永遠の旅人》としてのあり方です」
『新校本宮澤賢治全集』(筑摩書房)編纂委員の栗原敦さんは、宮沢賢治の魅力をそう表現する。
生前に刊行された本はわずか2冊。うち1冊が「イーハトヴ童話」と冠される童話集『注文の多い料理店』だ。「故郷・岩手をファンタジー世界と二重写しにして、多彩な物語世界を導いています」
人、動物、自然が隔てを越えるイーハトーブの世界観には、花巻に生まれ、盛岡で青春期を過ごし、上京を経て帰郷した後、農民たちと共に生きる道を模索した賢治の思想が詰め込まれている。
方言に彩られた『風の又三郎』もまた、岩手だから生まれた物語だ。村の小学校に転校してきた少年高田三郎を取り囲む村の子どもらは、方言を使う姿で描かれる。
「方言でなければ表せない独自のニュアンス、価値があることを賢治は確信していました。移動劇団の方言劇で『都会の皆を驚かせたい』と話していたそうです」
そうした執筆動機の裏側にあったのは、中央と地方の格差だという。
「明治期、東北各藩は戊辰戦争により賊軍とされた地域。父・政次郎の仕事の都合で早くから上京の機会があった賢治も地方や方言が差別される実情をよく知っており、その不当さを克服しなければならないと考えていました」
代表作『銀河鉄道の夜』も、作家・宮沢賢治を語る上では外せない。ジョバンニとカムパネルラ、2人の少年は銀河鉄道に乗って地上から離れ、大学士や鳥捕りなどの不思議なキャラクターと出会いながら夜空を旅していく。静謐な美しさと死の匂いをたたえた物語は、今なお読者を魅了してやまない。
「ジョバンニは、現代風にいえば、病床にある母を支えるヤングケアラーに近い境遇を担っている少年です。作品時間はたった一日の物語ですが、現実での労苦という枠組みの上に、夢の中での銀河旅行の多彩なエピソードを重ねる物語構造で、奥行きの深さを生んでいます」

旬の画家とのコラボに耐えうる物語の強度

子どもも大人も楽しめる物語であれば『グスコーブドリの伝記』『セロ弾きのゴーシュ』『雪わたり』、そして不条理なおかしみがにじむ『どんぐりと山猫』なども、ぜひ手に取ってほしい。いずれもその時代ごとに旬な画家の挿画を添えて、幾度も生まれ変わる強度を持つ名作揃いだ。
一方で、賢治の文学表現の礎となったのは、石川啄木の影響で始めたと見られる短歌だった。そこから散文や童話、「心象スケッチ」と名付けた詩作へと表現の幅を広げていくが、最愛の妹トシの死が賢治の詩と物語に深い悲しみを刻印している。
「賢治は死を前にしたトシの心構えに応える祈りと決意を詩に託し、『永訣の朝』『松の針』『無声慟哭』を書き上げています。この三部作を収録したのが生前唯一の詩集『心象スケッチ 春と修羅』です」
熱烈な宗教心を持っていた賢治にとって、生と死、霊的・宇宙的なものへの関心が妹の死を契機に一層深まったことは間違いないだろう。
30歳を迎えた賢治は、農村文化、農業技術と経営の向上を求める活動を開始する。だが、2年余りの活動のさなか、過労のために倒れ、実家での最初の長い療養生活を余儀なくされる。病の途上では自分自身の死に向き合い、心境や信仰への反省を深めた「疾中」詩篇を残した。
健康を取り戻しつつあった1931年の1月以降は、石灰肥料の普及に邁進。しかし、9月の上京中に風邪をこじらせ、帰郷後は再び病床に就き、これが33年9月21日の逝去に続く。
「世に広く知られている〈雨ニモマケズ〉は、病床での深い心境の表白であることは間違いないでしょう。理想と現実の矛盾など、賢治の生涯はあらゆる苦闘が続く人生でしたが、それによって心境や信仰は一段と深まり、『風の又三郎』、『銀河鉄道の夜』などの改稿を重ね、さらに、最晩年には文語詩の推敲にも打ち込みました。命を削って書き残したというべきこれらの詩篇にも、数々の名品が含まれています」

読み手に問いを投げる晩年の知られざる傑作

とりわけ晩年の作品には知られざる傑作が多い。
「若い夫婦の微妙な心のいざこざを描いた『十六日』、洞窟に封じられた老竜と詩人が語り合う『竜と詩人』、老政治家の独白『疑獄元兇』などは、大人を対象とした短編小説です。他にも、『虔十公園林』などは、〈雨ニモマケズ〉で理想とされたデクノボーの像と重なりつつも、主人公である虔十が意志を貫く要素も含む作品です。
いずれの作品にも共通しているのは、御託宣のように答えを用意しているわけではないということ。読み手は常に問いかけ続けられる。けれど、賢治本人も固定した答えを記すことができると思っていたわけではないでしょう。全力を尽くして、そのときどきの手法で枠組みを繰り返し作り直して深めていった。そうした創作表現の継続こそが宮沢賢治の作家としての素晴らしさです」


プロフィール

栗原敦(くりはら・あつし)
1946 年生まれ。実践女子大学名誉教授。宮沢賢治学会イーハトーブセンター代表理事などを歴任。宮沢賢治の思想と事績と表現に関する研究で第32回宮沢賢治賞を受賞。著書に『宮沢賢治探究』(上・下)(蒼丘書林)など。


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