【インタビュー】『さかさ星』刊行記念インタビュー 貴志祐介【お化け友の会通信 from 怪と幽】
一夜のうちに家族4人が惨殺されるという事件が起こった旧家・福森家。
その屋敷の内外は忌まわしい“呪物”で埋め尽くされていた――。『さかさ星』は貴志祐介さんが満を持して放つエンタメホラー巨編。怪談とミステリーの魅力を兼ね備えたファン待望の新作について貴志さんにうかがった。
※「ダ・ヴィンチ」2024年11月号の「お化け友の会通信 from 怪と幽」より転載
取材・文:朝宮運河
写真:迫田真実
撮影協力:旧逓信省別館 芦屋モノリス
ホラーを書くことは
呪術に近い行為かもしれません
『小説 野性時代』に連載されていた貴志祐介さんの『さかさ星』がついに書籍化された。ホラー史に輝く傑作『黒い家』『天使の囀さえずり』の興奮がよみがえる、圧倒的読み応えのモダンホラー巨編だ。
「連載開始したのが2018年ですから、完成までずいぶん時間がかかりました。実は連載中に構想が膨らんでしまって、当初予定していたプロットを大幅に変更せざるをえなくなった。それで編集部に無理をいって、連載を中断させてもらったんです。残りを書き下ろしで完成させたのですが、結果として納得のいく形に仕上がったと思っています」
物語のメインモチーフは呪術だ。ここ数年、怪談界隈では呪術ブームが起こっているが、それに先駆けて本作は数多くの呪いのアイテム、いわくつきの書画骨董を登場させている。
「もともと文化人類学が好きで、呪術にも興味がありました。フレイザー(イギリスの社会人類学者)が『金枝篇』という本で、呪術を〈類感呪術〉と〈感染呪術〉に分類していますよね。類感呪術というのは、類似したものは影響を与え合うという発想をもとにした呪術ですが、これは小説の比喩に近い。そして比喩が力を発揮するジャンルはホラーや幻想小説です。ホラーを書くことは呪術に近い行為なんだということを、あらためて考えたりもしました」
広壮な屋敷を構える旧家・福森家で、家族4人が惨殺されるという事件が発生する。ユーチューバーの中村亮太は実家を訪ねる祖母に付き添って、事件直後の屋敷に足を踏み入れる。
「主人公の亮太は、いかにも今風な若者として描いています。祖母と一緒に福森家を訪れるのも、ユーチューブ用の動画を撮影するため。軽くてちょっと頼りないところのある青年が、旧家の事件に巻き込まれるのも面白いんじゃないかと」
福森家を訪ねた亮太が目にしたもの。それは家の内外を埋め尽くす呪物だった。庭に植えられた忌木、屋根に据えられた鬼瓦、上下逆さまにされた大黒柱。同行した霊能者・賀茂禮子によって、福森家にかけられていた呪いの存在が明らかになる。
「この状況じゃ人が死んでも仕方ないよね、という雰囲気を作り上げるために、多くの呪物を登場させる必要がありました。その説明役として必要だったのが並外れた霊能力をもつ賀茂禮子。探偵役としては万能すぎるので、あくまで亮太を補佐するポジションです」
禍々しい気配を発する呪物には、血なまぐさい因縁が染みついている。物語前半では怪異を招く幽霊画や、惨劇に深く関わった日本刀などにまつわるエピソードが、じっくり語られていく。
「人間の怖さを扱った“ヒトコワ”とオカルトは別物だという意見がありますが、人への恐怖があって初めてオカルトも怖くなるのだと思います。古い品物が祟るからには、よほど強烈な念が込められているはず。そこを読者に納得してもらうために、これでもかと悲惨な背景を作り上げました」
貴志さんがこれまで発表してきたホラーは心理学や生物学など、理系知識をベースにしたものが多かった。おどろおどろしい和風の怪異を扱った本書は、新しい試みともいえる。
「わたしは海外のモダンホラーに大きな影響を受けています。モダンホラーとは何かといえば、ミステリーの手法で書かれたホラーだと思う。一方で『雨月物語』に代表される日本の怪談も大好きなんですね。そこで今回はモダンホラーの枠組みに怪談を埋め込むという手法にチャレンジしました。この世界の外側にある世界、呪術が効力を発揮する世界の法則をもとにしたミステリーです」
賀茂禮子によれば何者かが福森家に呪詛をしかけており、その元凶となった呪物が存在するらしい。
真犯人は誰か。そして最も忌まわしい呪物はどれなのか。呪物の来歴や力をもとに推測していくくだりには、確かにミステリーのテイストも感じられる。
「犯人当てのミステリーを、呪物を使ってやってみようと思ったんです。屋敷の中に呪物がずらりと並んでいて、事件を解決するには、元凶となった呪物=犯人を探さないといけない。単独犯かもしれないし、複数犯の可能性もある。いわくありげな呪物をたくさん登場させたのは、犯人当てを盛り上げるためでもありますね。容疑者は多い方が面白いですから(笑)」
やがて亮太は福森家を呪っている人物の正体に気づく。そして新たな悲劇を防ぐため、黒幕と熾烈な頭脳戦をくり広げることになるのだ。〈呪術の論理〉をもとに展開する迫真のクライマックスには、貴志作品らしいロジックの面白さが溢れている。
「敵がこう攻めてきたら裏をかいてこう反撃する、といった頭脳戦は昔から好きですね。呪物に効果があるとしても、特化した目的や作用で、おそらく単純な働きしかできないはず。だとしたら別の呪物でカウンターをかけたり、かいくぐったりという対処法もあると思うんです」
タイトルの『さかさ星』とはいわゆる逆五芒星のことだ。福森家にかけられた呪詛には、この不吉な印が深く関わっている。亮太はさかさ星を見つけ出し、呪いを打ち砕くことができるのか。
「西洋でも日本でも逆五芒星が良くないものを象徴するというのは、興味深い暗合だと思います。暗合といえば執筆中は何気なく書いた文章が後々大きな意味を持つという、シンクロめいたことが何度もありました。呪術を扱った本書を書くことは、意識の深いところに潜るような作業だったのかもしれません」
新たな才能が次々に登場し、近年いっそう盛り上がりをみせるホラー小説シーン。1990年代から第一人者として活躍してきた貴志さんの渾身作は、読者にも書き手にも大きな衝撃を与えることになりそうだ。
「近年はフェイクドキュメンタリー系のホラーが人気ですが、わたしは描写で怖がらせるホラー、物語で楽しませるホラーにこだわりたい。もちろんどちらが上だという話ではありません。ジャンルの未来のためには百花斉放が一番望ましい。いろんな作品が書かれることで、ホラーという木が太くなっていくのだと思います」
虚構の面白さを追求し、活字ならではの怖さにこだわった『さかさ星』。緻密さとスケールの大きさをあわせもつ、第一級のモダンホラーをぜひ堪能してほしい。
「ホラーにも色々ありますが、やはり怖いものであってほしい。この小説はエピローグも含めて、なかなか怖いシーンが書けたかなと自負しています。実をいうと『さかさ星』は二部作の一冊目にあたっていて、今回未解決のまま残されている部分は、次巻で回収される予定です。構想もほぼ固まっているので、あまり間をおかずに書けるといいのですが。まずは『さかさ星』をお楽しみください」
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