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【第9回】『誓いの証言』柚月裕子〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』連載中!
「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。


【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

第9回

 安田は佐方に、久保はいま新宿署で拘束している、と伝えて電話を切った。
 受話器を置くと、小坂が机越しに身を乗り出して訊ねてきた。
「仕事ですか?」
 佐方は椅子から立ち上がりながら答える。
「そうだ。俺に弁護依頼だ」
 小坂が嬉しそうな顔をした。
「私選ですか。そうですか。ええ、こっちは大丈夫です、すぐに行ってください。被疑者の方が待っています」
 小坂はニコニコしながら、佐方を促す。
 佐方は自分の弁護士事務所の宣伝をしていない。弁護士が自分ひとりしかいなくて、多くの案件を扱えないということもあるが、一番の理由は儲けを考えていないからだ。
 佐方が依頼を受けるか否かの基準は、持ち込まれた相談が自分の興味を引くかどうかにある。いくら報酬がよくても気が乗らないものは引き受けない。逆に報酬がほぼないに等しくても、面白いと思うものは引き受ける。
 そんな佐方は法曹界で、変わり者扱いされていた。困っている人を助ける仕事ではあるが、弁護士も食べていかなければならない。報酬が依頼を引き受ける目安になるのは当然だ。しかし、佐方はそうではない。同業者の多くは自分とは価値観の違う佐方を敬遠し、仕事を佐方に回したりはしない。
 宣伝もしていない、紹介の依頼もない佐方が扱う案件の多くは、当番弁護士がらみのものだった。
 当番弁護士の報酬は、弁護士会から出るわずかな日当だ。仮に、当番弁護士だったことがきっかけでその後の弁護を引き受けても、報酬の一定額を弁護士会に納付しなければならない。その報酬は当番弁護士制度を支える一助となっている。
 そのような仕組みから、当番弁護士がらみの案件より、私選弁護人の依頼のほうが報酬は多い。小坂の笑顔の理由はそこにある。
 小坂をぬか喜びさせるのはかわいそうだ。佐方は出掛ける準備をしながら言う。
「喜んでいるところ悪いが、今回の報酬はあまり期待しないでくれ」

(つづく)


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『誓いの証言』は日曜・祝日を除く毎日正午に配信予定です。
マガジン「【連載】『誓いの証言』柚月裕子〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉」に各話をまとめていきますので、更新をお楽しみに!

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