【第80回】『誓いの証言』柚月裕子〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』連載中!
「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』
第80回
「いえいえ」
ニシは空いているほうの手を、顔の前で振った。
「基本的に、女の子は客と本気になったらいけません。気を持たせつつ、一線は超えない。綱引きみたいなもんですね。引っ張って、近づきすぎたら緩めて。ユウカにもそれはきっちり教えていましたし、あの子は真面目な子でしたから、そこはしっかり守っていましたよ」
久保のことを気にしながらも、店長の言うことを守り仕事の域を出なかった。しかし、昨日、その域を超えたということか。
ニシが自分の腕時計に目をやった。
時間がない。佐方は単刀直入に、一番知りたいことを訊ねた。
「ユウカさんが、久保に恨みを持っているとか、憎んでいるといったことはありませんでしたか」
ニシが鋭い目で佐方を見た。
「あんたは仕事の立場上、ユウカに不利な証言が欲しいんだろうけど、それは無理だよ。あたしが知る限り、ふたりは店でしか会っていなかった。恨みを持つような、個人的な付き合いはなかったはずだ。万が一、あたしの知らないところでなにかあったとしても、あの子は人を貶めるような子じゃない」
辞めたとはいえ、自分の店に勤めていた女の子を悪く言われるのは嫌なのだろう。ニシは吸っていた煙草を灰皿で乱暴にもみ消し、ソファから立ち上がった。
「さあ、もう時間だ。帰ってくれ」
佐方が引き止める間もなく、ニシはすばやく奥へ引っ込む。入れ替わるように、最初に顔を合わせた蝶ネクタイが出てきた。ドアを開けて、佐方に店を出ていくよう促す。
ここでごねてもどうしようもない。佐方は大人しく外へ出ようとした。そのとき、エレベーターからひと組の男女が降りてきた。濃いメイクのためにはっきりはしないが、女性は二十代後半ぐらいにみえる。身体にフィットした短いスカートと、しっかりセットしたと思われる長い髪から、ここのホステスであることが窺える。客と同伴出勤してきたのだろう。
(つづく)
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