【第48回】『誓いの証言』柚月裕子〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉
柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』連載中!
「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。
【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』
第48回
「奥さんに、取り次いでもらえませんか」
できる限り声を潜めて伝えたのだが、そばにいた女性が内容を耳ざとく聞きつけた。大きな声で佐方に訊ねる。
「あなた、久保容疑者の弁護士ですか?」
腕に大手新聞社の腕章をつけている。
女性の声を聞きつけたまわりの者たちが、一斉に佐方の周囲に集まってきた。
「久保容疑者を弁護するんですか」
「法を守るべき人が、こんな事件を起こすことをどう思われますか」
「久保容疑者はなんて言ってるんですか」
みな、先を争うように佐方に訊ねる。佐方は報道陣を無視して、警備員に舞衣への取次ぎを急かした。
「早くしてください。お願いします」
目の前の混乱を驚いて見つめていた警備員は、佐方の声で我に返ったらしく、内線電話をあげて、プッシュボタンを押した。
警備員が電話をかけているあいだも、佐方は報道陣の質問攻めにあっていた。自分に向けられるICレコーダーやカメラを避け、無言を貫く。
やがて、警備員が門を開けた。
「なかへ通していいとのことです。まっすぐ行った先がエントランスです」
引き留めようとする報道陣を振り切り、佐方は門のなかへ入った。警備員に言われたとおり、石が敷かれているアプローチをまっすぐ進むと、西洋の古めかしいドアを模した入口があった。なかのエントランスはかなりのスペースがあり、広々としている。
エントランスの奥にあるもうひとつの扉の横に、オートロックが設置されていた。そこで、久保から聞いた部屋の番号を押す。インターフォンから女性の声がした。
「はい、久保です」
声が弱々しい。佐方が名乗ると、女性は舞衣と名乗った。
「私が久保さんの弁護人を引き受けました。今回、起きたことの件でお話ししたいのですが」
少しの間のあと、わかりました、という舞衣のか細い声がしてインターフォンが切れた。それとほぼ同時に、住居棟へ通じるドアのロックが解除される音がする。
久保の部屋は五階だった。エレベーターでうえまであがり、部屋のチャイムを押す。ゆっくりとドアが開いて、小柄な女性が顔を出した。久保の妻、舞衣だった。飾りのないスカートにトレーナーを着ている。目の下は落ちくぼみ、顔色が悪い。ひと目でかなり憔悴していることが窺えた。
(つづく)
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