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【第29回】『誓いの証言』柚月裕子〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』連載中!
「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。


【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

第29回

 圭一は原じいと一緒に、児玉興業グループが持っている丁場で働いていた。若いが腕がいいと評判で、将来、優れた石職人になるだろうと言われていた。
 その日、圭一と真由子はここ――香川の蕃永町から、高知の町まで車で出かけた。四国の端から端へ移動する形だが、時間にすれば三時間くらいで着く。田奈町に住んでいる圭一の恩師が亡くなり、その葬儀に参列するためだった。
 ふたりが乗った車が事故を起こした、と大橋が知ったのは夕方だった。そろそろ今日の仕事を切り上げようとしていたとき、丁場の親方が働いていた作業員を一か所に集めた。  
 なんの話だろうか、と思いながら多くの作業員たちと一緒に並んでいると、親方が青ざめた顔で言った。
「圭一が、事故で亡くなった。奥さんも一緒だ」
 一瞬、なにを言われたのかわからなかった。ほかの作業員も同じらしく、黙って親方を見ている。
 ひとりの作業員が、つぶやくように親方に訊ねた。
「それ、本当ですか」
 親方は悲痛な顔で頷く。
「いましがた、原じいから事務所に電話があったそうだ。遺体の確認はこれからだが、事故を起こした車やふたりが持っていた荷物から、まず間違いないと言っているらしい」
 原じいはその日、仕事を休んでいた。あとで知ったことだが、葬式に幼い子供を連れていって泣かれるのは困る。葬儀が終わったらすぐに戻ることもあり、圭一たちは晶を原じいに預けて出掛けていた。家で晶の面倒を見ていた原じいは、警察から事故の連絡を受けて、丁場の事務所に電話をしてきたのだった。
 その話を聞いた大橋の頭に、まっさきに浮かんだのは晶だった。二歳の子供には、まだ親の死は理解できないだろう。しかし、親がいないことはわかるはずだ。いつまでも帰ってこない親を求めて泣く姿が浮かび、胸が詰まった。

(つづく)


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『誓いの証言』は日曜・祝日を除く毎日正午に配信予定です。
マガジン「【連載】『誓いの証言』柚月裕子〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉」に各話をまとめていきますので、更新をお楽しみに!

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