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【第74回】『誓いの証言』柚月裕子〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉

柚月裕子さんによる小説『誓いの証言』連載中!
「佐方貞人」シリーズ、待望の最新作をお楽しみください。


【連載小説】柚月裕子『誓いの証言』

第74回

 店の扉は、エレベーターを降りた真正面にあった。古い木製のドアで、上部にステンドグラスがめ込まれている。ドアにはしんちゆう製のドアノッカーがついていた。獅子の飾りが中世を思わせる。
 ドアノッカーの取っ手を握り、ドアに打ち付けて数回ノックする。
 なかは静かなままだ。
 再びノックして、誰も出てこなかったら代表番号に電話をしてみよう。そう思いドアノッカーをまた握ろうとしたとき、ドアの内側で人が動く気配がした。
 ドアが開き、男が顔を出した。まだ若い。黒服に蝶ネクタイ。長い髪を後ろでひとつに束ねている。
 佐方がひとりだとわかると、無表情だった顔が急に険しくなった。つっけんどんに言う。
「店はまだです」
「客じゃありません。こういう者です」
 ジャケットの内ポケットに入れていた名刺入れから、中身を取り出し蝶ネクタイに渡した。
 蝶ネクタイは名刺と佐方を交互に見つめ、短く問う。
「弁護士さんが何の用ですか」
「ここに勤めているユウカという女性について――」
 蝶ネクタイは話を最後まで聞かずに、ドアを閉めようとした。佐方は靴のつま先を隙間に差し入れ、ドアが閉まるのを防ぐ。力ずくでドアを開けて、早口で蝶ネクタイに伝えた。
「私は、昨夜ユウカさんから被害届を出された男性の弁護人です。ユウカさんについて知りたいことがあってきました。少しだけお時間をいただけませんか」
 蝶ネクタイは、虫を払うように顔の前で手を振った。
「誰にも話すことはないよ。帰ってくれ」
 佐方は食い下がる。
「お願いします。ひとりの人間の人生がかかっているんです」

(つづく)


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『誓いの証言』は日曜・祝日を除く毎日正午に配信予定です。
マガジン「【連載】『誓いの証言』柚月裕子〈佐方貞人シリーズ弁護士編〉」に各話をまとめていきますので、更新をお楽しみに!

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