見出し画像

#46.すっぱいブドウ①

 転職サイトを通じて、僕の元には大量の求人情報が送られてきました。

 ですがそのほとんどはIT系で、ホワイトとは言えないものばかり。以前なら『月平均の残業20時間!』という言葉に感動していた僕だけれど、狙うべきは残業ゼロ。目標はしっかり、望みは高く。色々な求人に目を通して探して回ります。

 転職エージェントの岡田さんとは何度か電話、あるいはLINEでやり取り。

「1~2月中に応募をして、2~3月に面接。そして4月ないし5月には新しい職場で働き始める」

 というスケジュール感。なのでバシバシさばく求人情報。情報を整理し、平均残業時間に目を通し、企業への応募申込を進めました。
 ……そしてまず1度目のつまずき。
 書類選考を通らないの。
 なんかね、通らないの。
 岡田さんに聞いていた平均値を大きく下回る水準。やはり1年の空白期間はインパクトがあるのだろうか。

 面接にすらたどり着けず、届くお祈りメールの数々。あの大量のお祈りは心にくるものがありました。これだけ祈られるなんて僕は特別な存在なんじゃないかな。おいおいヴェルタースオリジナルか。

 それでも拾ってくれる企業はゼロではなく、なんとかかんとか面接する機会も。数も少ないのでとりあえず全部受てみよう。本命は情報システム部門なので、練習がてら(失礼)IT企業も受けていくことに。

 いくつかの面接を通じて、改めて気付くこともありました。
 僕の転職活動は残業ゼロを旗印に据えています。ですがもう1つ、自分の中に、大きくこだわりたい部分があるのだなと。

 言われたことを淡々とこなす、或いは自分のやりたいように出来ない仕事……そんな『拘束感』があるとストレス度が跳ね上がるということを、リワークを通じて学んでいました。太極拳が良い例で、僕は仕事にもある程度の自由さを求めているんだなと。

 この自由度を仕事に置き換えると『裁量』という単語になる。どれだけ個人に裁量を与えてくれるのか、という1つのポイント。転職はあくまで企業と自分のマッチングで、合わないところに合わせる必要もなく、無理をしたってどうせ長く続かない。ていうかダウンしたら意味ないですし。

 何社かのIT企業の面接を終え、残念ながらお祈りいただくケースもあるものの、そう考えると少しは楽になった気がしました。

 ◇

 2月下旬、オフィスでの勤務を終えた僕はスーツ姿で目的地を目指しました。

 いよいよ情報システムの面接が舞い込んできたのです。条件を見るに本命と言って差し支えなく、流石に少し緊張するカバネ。予定時刻は19時から。余裕をもって30分前には到着し、身だしなみや荷物を確認したり。

「時折さん、ご足労いただき有難うございます。本日はどうぞ宜しくお願いします」

 初めて訪れる事務所の一角、案内されたのは既に3名の方が鎮座まします応接室。

「こちらこそ、貴重なお時間を頂きありがとうございます。時折カバネと申します」
「どうぞお掛けになって下さい。早速ですが、私達3名がこの会社の情報システム担当です。部長の柏木と申します」

 あれ? 部員全員が一次面接に? 
 これもう最終面接級?
 不測の事態にちょっと驚いたけれど、面接自体は定型通りと言うか、自己紹介や自己アピールを経て志望動機へと進みました。

 この志望動機というのが曲者で、僕の場合はハッキリ言ってしまうと『残業ゼロで技術が生かせる健康的な職場』となります。あと『裁量があるとストレスフリー』とか。

 ではなくて、もう少し伝え方を考えないといけない。言っている内容は同じでも、言い方ひとつで印象も変わりますし。

「職務経歴書にもある通り、激務で体調を崩し1年ほど休職していました。その経験から、やはり長い目でパフォーマンスを発揮できる環境が良いと考えるようになりました。短期的に成果を出しても、空白が出来てしまっては損失の方が大きい。それは組織にとっても、私自身にとっても同じだと感じています」

 こんな感じで。我ながら上出来、上出来。

「カバネさんのお話はよく分かります。私達も元々はIT企業で努めていたので……大変な業界ですもんね」
「お言葉、痛み入ります」
「あと技術的な部分になりますが、データベースは得意ですか?」
「はい、データベースの構築からインデックスのチューニングまで、一通りは出来ます」
「どんなソフトを扱われていたのでしょう?」
「オラクルが主ですが、エスキューエル・サーバーやポスグレも経験があります」

 おお~っと目の色が変わるお三方。

「弊社ではシステム構築、特にデータベースを自分たちで保守しています。まさに願ったり叶ったりですね。他、気になる点はありますか?」
「そうですね、やはり労働条件と言いますか……」
「もちろん、基本的には残業ゼロです。今日も面接のために遅く出社してきた位なので」

 うわあマジか。なにこの天国。

「いやぁ、お時間までご調整いただき有難う御座います」
「いえいえ。働きながらの転職活動、大変なことでしょう」

 他にも質疑は続きましたが、これも何の問題もなく進みました。就職には自己分析がとても重要と聞きますが、幸いにも僕は、リワークを通じて1年間トリセツを作ってきました。自分の得手不得手がスラスラと口から出てくる。

 話題は趣味にも及び、部員の方がライトノベル好きなんてエピソードで盛り上がることも。流石に『僕もWebで小説書いてます!』とは言えなかったけれど。身バレ・ダメ・絶対。

「では検討のうえ、結果についてご連絡させて頂きます。本日は有難う御座いました」
「有難う御座います。では、失礼致します」

 初めて受けた本命の面接。
 僕の中では手応えアリと言うか、これイケるんじゃね? と言った感触。いや本当に。


いいなと思ったら応援しよう!