【1】二人称SFの双璧!?
改変歴史SFの名作と言われるキース・ロバーツ『パヴァーヌ』。
エリザベス1世が亡くなった結果として、世界の勢力地図が変わり、カトリックによって科学技術の発達が抑制されたもう一つの20世紀。
ガソリンエンジンはまだ普及しておらず、自動車は蒸気機関が主流。
電波による通信機器はなく、双眼鏡を手にした通信手が、高い塔の腕木を人力で動かす通信網が地上を覆う。
そんな世界の片隅で生きる人々の生活を活写した連作短編集。
SFマガジン1970年5月号掲載の海外SF紹介コラム「SFスキャナー」で紹介された後、SFマガジン1978年12月号に「信号手」1編がまず翻訳された。
1987年になって、既に撤退の決まっていたサンリオSF文庫から出版されたものの、撤退ですぐに入手困難に。
その後、扶桑社から再刊、現在はちくま文庫で入手できる。
とはいったものの、他のキース・ロバーツ作品は、数少ない短編を除いては、日本語では読めなかった。
さて、自分は1983年に大学に入学。即、SF研に入会した。
そのSF研は、自分の入学の少し前にイギリスSF特集のファンジンを出したり、夏休み合宿読書会の課題図書に毎年一人のイギリスSF作家の既訳長編読み尽くし(順にクリストファー・プリースト、マイクル・コニイ、ボブ・ショウ)をするくらい、イギリスSF偏重(笑)なところでもあった。
『パヴァーヌ』の翻訳に先立つその1983年という年は、海外SFファンの間でも史上空前のイギリスSFブーム(?)。SF評論雑誌「SFの本」では「摩訶不思議的イギリスSF」なんて特集まで組まれた。
それまでにクリストファー・プリースト『スペース・マシン』『ドリーム・マシン』が創元推理文庫(当時)から、スロー・ガラスで名高い「去りにし日々の光」を長編化した『去りにし日々、今ひとたびの幻』をはじめとするボブ・ショウ作品や、『ハローサマー・グッドバイ』などのマイクル・コーニイ(当時の表記はマイクル・コニイ)作品などが続々とサンリオSF文庫から刊行。
1983年の夏には評価の高いとされていたプリーストの『逆転世界』もサンリオから出た。「SFの本」第4号が出たのはその年の秋のことだった。
その特集の目玉のひとつには、颯田幼氏によるキース・ロバーツの短編「カイトマスター(Kitemaster)」の訳載もあり、同氏のコラム「最後の大物作家ロバーツ」による作品紹介もあった。
その中で最新作として紹介されていたのが1980年刊行の長編『Molly Zero』。
同作について、キース・ロバーツの亡くなった翌年のSFマガジンの特集では、以下のような簡単な紹介があった。
上記のあらすじ・紹介ではわからないが、この『Molly Zero』のもっとも大きな特徴は、この小説が全編「二人称」で書かれている、という点だ。
また、この長編に先立つ作品として、ロバート・シルバーヴァーグ編のアンソロジー『Triax』に同題の中編が発表されている。
この中編は、日本では1985年に南山大SF研の会誌BABELで渡辺睦夫氏により「モーリー・ゼロ」として訳出され、その二人称による不思議な読み味、それと、ヒロインのかわいらしさが、(自分も含む)当時の一部読者(笑)の脳裏に強烈にインプットされた。
また、長編版のストーリーは、翻訳家の古沢嘉通氏の編集されたファンジンReview IKAの全未訳単行本レビューでかなり詳細に紹介されている。
とはいえ、これらのファンジンを読んだことがない日本の読者にとっては、埋もれた作品だったと言って間違いないだろう。
というか、『パヴァーヌ』以外のキース・ロバーツ作品全体がずっと埋もれていた(笑)。
クリストファー・プリーストは新作がそれなりに継続的に読め、マイクル・コーニイも新訳で読める昨今にあっても、キース・ロバーツだけは1983年以来ずっと、英国SF「最後の大物作家」のままだった、とも言えるかもしれない(笑)。
それでは、英語圏ではどうだったのか、というと、やっぱり、埋もれた作品だったんじゃないのかな、ということがうかがわれるのが、『図書室の魔法』で知られるジョー・ウォルトン氏が2010年に書かれたリンク先のエッセイ。
これは、長く入手困難だった『Molly Zero』がプリント・オン・デマンドでの入手が可能になったことをきっかけに、再読したジョー・ウォルトン氏が書いたものなのだが、ここでもその二人称について言及があって……
その中では、なんと本作を、二人称という手法が効果的に使われた作品として、テッド・チャン「あなたの人生の物語」と並べて評価している(!)。
なるほど、ジョー・ウォルトン氏にとっては、けっこう思い入れ深い作品のようだ。埋もれてるけど(笑)。
もともと、まずは自分が読んでみたいと思っていた『モリー・ゼロ』。
それでは、その二人称SFを、ちゃんと日本語で読めるようにできないか、ということで、ざっと1年半ほど取り組んで最後まで訳してみた。
ファンジンとしてBOOTHにて2020年から細々と頒布してきたが、非営利のファンジン目的限定で契約した版権がこの2025年までとなっている。
ご興味ある方は2025年内に、ぜひ。
ファンジン版について
<内容紹介>
カトリックの支配で科学技術の発達が抑制された英国を舞台にした改変歴史SF『パヴァーヌ』で知られるキース・ロバーツ。
1980年に発表された『モリー・ゼロ(Molly Zero)』は、近未来の英国を舞台にしたディストピアSF……だったはずが、近未来描写に現実がほぼ追いついた2020年に読む本作は、20世紀末あたりに分岐した、科学技術の抑制された「もうひとつの英国」の姿を描く改変歴史SFになっていた!?
そしてまた、本作は幾多の英国児童文学へのリスペクトが盛りこまれたロバーツ流SF児童文学でもあった。それと、百合(笑)!?
翻訳の過程で調査・考察した長めの解説を各巻に、また、訳文に盛り込めなかったいろいろな事項を200以上の訳注として付しました。
<版権について>
遺稿のエージェントと交渉して非営利目的のファンジン限定の版権を取得。
また、『図書室の魔法』のジョー・ウォルトン氏による、ロバーツ愛にあふれたブックレビュウを、ご本人の許可をいただき、イントロとして配置しました。
※なお、版権契約上、最大500部、2025年までの限定販売となります。