入試問題とアクティブラーニングに思うこと
みなさん、こんばんは。KOHです。僕が住んでいる県では、今、高校入試が行われているのですが、僕たち教員は入試業務に大忙しです。
今日は、その入試問題と日々の授業について思ったことを書きたいと思います。
▢今年の入試問題について思うこと
高校入試の問題(社会)を見たのですが、昨今の「主体的・対話的で深い学び」という学校教育の潮流を意識してか、思考力や判断力を問うという明確な意図を感じられる設問が目立ちました。
で、特に思ったことが2点。
①問題の文章量がめちゃくちゃ多い。
②所見の史・資料を読み取り、答える設問が多い。
ということです。
①の文章量が多いということについて、思考力や判断力を問う問題では、思考するための「前提」が整えられなければならないので、史・資料が提示され、その解説文が加えられ…みたいな感じで必然的に長くなってしまうのでしょう。共通テストでも感じたのですが、この文量を読み切り答案を作成するにはけっこうなトレーニングが必要だなという印象を受けます。
②の初見史・資料の問題について、史・資料を読み取り答えらる問題が多いということは、逆に言えば、その史・資料さえ読めれば、それまでの学習の蓄積がなくても答えられるということです。これは良いことなのかなぁと感じてしまいました。社会科でいうと、歴史の出来事や影響をしっかりたどって用語を覚えて…というセオリー通りの勉強をしてきた生徒が浮かばれないのでは?と思ってしまいます。
そして、こういう問題が増えると、普段の授業の意味合いも変わってきますよね?
▢入試問題から普段の授業を考える
普段の授業は先述した潮流を意識してアクティブラーニングが行われるようになってきています。グループワークをしたり、調べ学習をしたり、そのやり方は様々かと思いますが、僕自身も含めて多くの先生たちが思っていることがあるのではないでしょうか?
「授業時間が足りない」ということです。伝えること伝えて作業や思考の時間をとると、けっこう時間が足りないと。
そこで、プリント(ワークシート)を使ってやることが多くなっているようですが、新井紀子さんは、その著書『AIに負けない子どもを育てる』の中で時間短縮のために穴埋め形式のワークシートを作って授業をやることで、生徒が単語で物事を理解するようになり、読解力が育たないという趣旨のことを指摘しています。
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そして、思考力を問うために、初見史・資料の読み取り問題が増えると、極論を言ってしまえば、授業を聞かなくても点数がとれるということになってしまうのでは?と思います。普段まじめに勉強して知識を蓄積させることより、いわゆる「地頭の良さ」が問われて、試験に向けて勉強する、努力するという姿勢がなくなってしまうのでは?という、ある種の不安も感じます。
さすがに、そこまで極端に話が進んでいってしまうことはないと思いますが、なんだか皮肉ですね…。
こうした現状に対して自分なりにどうすべきか?という考えは、すぐには出てこないのですが、今回の入試は自分が作る考査問題や日々の授業、入試との接点について、だいぶ考えさせられました。
今後考え続けていきたいと思います。
それでは!
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