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泪橋~勇将らの最期(1)

 治部大輔の守る須賀川城の守りは、見事としか言いようがない。須賀川の人数は、城の規模からしてもせいぜい五百か六百といったところだろう。中でも二の丸と三の丸を中心に兵を固めているのは、明らかだ。その二つのくるわの間に、治部大輔や北の方の住む本丸がある。
「次の治部殿が手は、どのような奇策を用いるのか、想像もつかぬ」
 昼の軍評定で、下野守が忌々しげに舌打ちをした。
 兵力においては数倍の差があるにも関わらず、和田方の損害は増えるばかりである。守りの人数こそ少ないが人員をうまく配置していると、図書亮も感じざるを得ない。
「二の丸の守りを崩し、いぬい(北西)の三の丸との連携を断つ必要があるな」 
 安房守が城下の絵図を睨みながら呟いた。須賀川城の西方から乾の方向にかけては、切り立った崖になっている。その崖下の途中には雨呼口あめよばりぐちと言われる集落があり、雨呼口の北口は釈迦堂川の渡し口の一つなのだった。また、雨呼口から東に向かって急坂を登ると、三の丸の裏手に出る。時は既に、三日目のひつじの刻だった。
 見慣れぬ者が本町の箭部陣営に姿を見せたのは、その軍評定の席だった。その時点で、須賀川方の陣営とは未だ膠着状態が続いていた。昨日や一昨日の須賀川方の火攻めにより、箭部の手勢は半数近くまで勢力が削がれていたため、大黒石口の八幡山にいた二階堂左衛門に使者を送り、左衛門の率いる兵らの合流を待っていたのである。
「須賀川方にも、死角がございます」
 突如現れたその男は、当たり前のように評定に割って入った。安房守が相手を怪しむ様子もないところを見ると、美濃守に依頼していた忍びの一団が、こちらに回ってきたらしい。
「どこだ」
 安房守が、鋭く尋ねた。男は、人差し指で一点を指した。指先は、二の丸のやや西側にある蔵場を指している。 
 蔵場であるから、いくつかの貯蔵蔵がある。その一角は須賀川の者らが雑物を捨てる場所として利用されており、身を隠すには絶好の場所だった。また、須賀川城下の者が米や作物を納めに来る場所でもあり、昼間から土民に化けて接近しても、怪しまれない。そこから城内に侵入しようというのだ。和田の兵は大手門を始めとする南側から東を通って北側に集中しているため、西側の方が警備が手薄だというのである。
 さらに彼は、愛宕山にいる美濃守の指示を受けて、道場町にも手勢を待機させているとのことだった。そちら側には時宗系の寺があり、庫裏の裏手が林になっている。こちらも、身を潜めるには格好の場所だった。
「十字に二の丸に駆け入り、内側から門を破ります。ただし、できれば足が疾く腕の立つ方を二、三人お借りしたい。先導は我らの手の者が行いますが、門番を全て斬るにはいささか手勢が足りませぬ」
「ふむ……」
 安房守は腕を組み、しばし黙考した。それからふと顔を上げ、図書亮と視線が合った。
「私が参ります」
 今度こそ、間違いなく武功を立てる機会である。図書亮は、首を縦に振った。
 
 和田の忍びの者らは、蔵場を守っていた須賀川兵らに対して「正月の寿ぎの供物を納めに来た」という口実を用意し、易々と城下に近づいた。一行は農民を買収して本物の酒を用意させ、見張りの兵に「大晦日の祝酒」として勧めていった。言われてみれば、今日は大晦日なのだったと、図書亮は思い出す。寒空の下、須賀川兵の体も温もりを欲していたのだろう。つい差し出された酒に手が出る兵も、少なくなかった。
 埃臭いの臭いに顔をしかめながら、今が冬で助かったと図書亮は思った。身を隠しているこの場所は、夏場であったならば、短時間いるだけで臭いが体に染み付いたに違いない。
 今図書亮が纏っているのは、濃紺の野良着だった。右肩には和田方の合印として、はなだ色の小さな布切れを結んでいる。腰に太刀を佩いているものの、武功目的で必要以上に人を斬るなとも言われた。目的は、外で待機している和田方の攻撃のいとぐちを作ることにあり、須賀川兵に無闇に騒がれては困るのである。
「そこもとのことは、今宵に限り木瓜もっこうと呼ばせてもらう」
 棟梁は、そう宣言した。その声に聞き覚えがある気もするのだが、顔が頭巾で覆われ声がくぐもっているため、はっきりとは思い出せない。図書亮は曖昧に頷き、問い返した。
「分かった。そなたのことは何と呼べばいい」
牛頭ごずとでも呼べば良い」
 棟梁は、微かに笑いを含んだ声で図書亮の問い掛けに応じた。その言葉の組み合わせに、図書亮もにんまりとする。須賀川では夏になると、病魔退散を願って牛頭天王に胡瓜を捧げる。木瓜は胡瓜きゅうりの別名であり、合言葉として使うには適した組み合わせだった。一色家の家紋にも使われている文様であり、悪い気はしない。

©k.maru027.2023

>「勇将らの最期(2)へ続く

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