見出し画像

【鬼と天狗】第三章 常州騒乱~対峙(4)

「見たところ、大谷殿は拙者と同じくらいの年とお見受け致しました。何年の生まれですかな?」
「天保四年でございまする」
「左様でござるか。拙者は天保三年ですから、やはり同年代でございますな」
 主水正は、笑みを深めた。連行されていくというのに、呑気なものである。
「守山の平八郎と幾度もやりあった御仁の話は、拙者も気になっておりました」
 笑いながらそう述べる主水正の言葉に、鳴海は憮然とした。あの男は、一体どのような噂話を伝えていたのか。
「成り行きで、そうなったまででございまする」
 むっつりと答える鳴海がおかしいのか、主水正はくすりと再び笑った。
「ですが二本松家中の名門の御人とはいえ、詰番の頃から地方の政にもご興味を示され、果ては常州に出向かれることになるとは、思わなかったのでしょう?これも縁としか、言いようがございますまい」
 その悪意のない言葉には、鳴海も苦笑せざるを得なかった。確かに主水正の述べる通りで、詰番だった頃には、まさかこうも早くに侍大将として常州まで来るとは思わなかったのである。
「三浦殿は、随分と我が藩の人間に働きかけられておられましたからな。それこそ、我が藩の藩是にひびを入れかねぬほどに」
 ちくりと皮肉を口にすると、主水正の口元から笑みが消えた。
「……我々とて、何故このような有様になってしまったのか、未だにわからぬところがございまする。果たして、これが烈公の望まれていた水戸や国の在り方だったのかと。平八郎も、同じ思いだったのではないでしょうか」
 その言葉に、鳴海は黙り込んだ。同じような趣旨のことは、かつて獄の出湯で三浦平八郎も述べていた。
「……平八郎殿は、確か自ら松川陣屋に赴かれたのでしょう?」
 二本松を出立してくる前、水無月の会議で受けた報告では、守山藩の加納佑蔵がその旨を告げに来たはずだった。
「左様。あの男は、今でも松川陣屋で軍目付として指揮を取っておりましょう。確か、守山から連れてきた手勢も、神勢館の戦いで大炊頭様の御支援として加えていたはずです。それがしも事態を収集するために水戸に呼ばれていたのですが、色々と事情がございましてな。左様の有様になった次第でござる」
 主水正の口調は、苦々しかった。
 鳴海は眉を上げたが、反論はできなかった。二本松軍が主水正と対立している市川の陣営に与しているのは確かなのだが、市川の方策は行き過ぎだとは、鳴海も感じているところである。
 が、他の部下の耳目もある。鳴海は黙ったまま馬を進ませた。
 そんな鳴海の事情を察したか、主水正は視線を伏せた。が、しばらくして再び鳴海に顔を向けた。
「ご存知かな、大谷殿。我が祖は、その元を辿れば羽州最上もがみ家につながるのです。仙台伊達藩祖政宗公の伯父君であった最上義光よしあき公の四男が、我が山野辺家を興しました」
 その言葉に釣られ、鳴海も再び顔を隣に向けた。
「主水正様にも、奥羽の血が流れているということでございますな」
 鳴海の言葉に、主水正は再び笑顔を見せた。
「我が家の祖先である義忠公はその英明さを買われ、最上本家が改易となった後も山野辺の姓を名乗ることを許されて、代々水戸徳川家に仕えて参りました。そのため、山野辺家中には、今でも羽州時代の名字を名乗っている者らが少なくないのです」
 言われてみれば、先程主水正の部下が上げた「大石田」という耳慣れない名字も、羽州にある地名だった。最上時代からの名残を伝える血を途絶えさせるというのは、主水正にとってもさぞ無念に違いない。
「……それ故でございますか」
 鳴海は、主水正に小声で語りかけた。その意が通じたか、主水正も肯き返す。
「水戸宗家に対する恩義も勿論ございまするが、最上時代からの血を拙者の代で途絶えさせれば、さすがに祖霊に申し訳ございませぬ。それ故、恥を忍んでも最上の血脈を残そうと思いました」
 主水正が、なぜ頑迷なまでに「降伏」に拘ったのか。その理由の一端を、鳴海はようやく理解した。今回の「助川城に残っている家臣を見捨ててでも生き延びる」という選択をした主水正は、武家社会にあっては、今後「愚昧な君主」として悪名が広がるかもしれない。その可能性に気付いていながら、祖霊の血を残すために、敢えて生き残る道を選んだ。
「天狗の暴徒共に協調して幕命に背いた……というわけではないのですな」
 鳴海の質問に、主水正はこくりと肯いた。
「天狗党の者らの言い分は、もちろん理解しております。ですが、彼の者らと一絡げにされるのは不本意でござる」
 その語気の強さに、鳴海はややたじろいだ。今の言葉には、先程までの主水正にない、嫌悪の感情が込められていた。
 恐らく、彼はどちらに対しても複雑な感情を抱いているのだろう。自分らの言い分に耳を傾けようとしない市川らに対しても。改革派にも理解を示しながらも行き過ぎを懸念していた執行部の忠告を無視し、好き勝手を述べて幕軍の介入を招いた天狗党に対しても。
 鳴海は再び黙り込んだ。本来であれば、降伏してきた主水正と積極的に交流を持つこと自体、あまり望ましいとは言えない。うっかりすると、情が移りかねないからだ。背後から、心配そうな視線を感じる。あの視線の主は、源太左衛門から軍目付としてつけられている岡佐一右衛門だろう。
「主水正様。お話はそれくらいになさいませ。間もなく太田に入りまする」
 馬を前に出して、岡が側に寄ってきた。主水正への注意の体裁を取っているが、鳴海への忠告でもある。
 これは失礼、と主水正も苦笑した。だが、鳴海は黙ったまま主水正の言葉を反芻していた。今ほどの主水正との会話は、やはり獄で語り合った三浦平八郎の言葉を彷彿とさせた。

対峙(5)に続く

文/©k.maru027.2023.2024
イラスト/©紫乃森統子.2023.2024(敬称略)

#小説
#歴史小説
#幕末
#天狗党
#尊皇攘夷
#二本松藩
#大谷鳴海
#鬼と天狗
#私の作品紹介

この記事が参加している募集

これまで数々のサポートをいただきまして、誠にありがとうございます。 いただきましたサポートは、書籍購入及び地元での取材費に充てさせていただいております。 皆様のご厚情に感謝するとともに、さらに精進していく所存でございます。