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「制約」による気づき。エコロジカルアプローチのススメ。
自分の何気ない日々の習慣や選択は、住居や人間関係などの周囲の環境による「制約」において導かれている。
スマホを常にデスクに置いていれば、手に取る回数は多くなる。もしスマホを見る時間を減らしたい人は自分の視野の中に入れないようにしてみてほしい。スマホのスクリーンタイムの時間は大幅に減っているはずだ。
このようにさまざまな制約(環境)によって行動が促進されている事実にあまり気づいていない。つまり、その制約を変えてあげるだけで大きな変化が生まれる。
このような考え方をTRに応用したのがエコロジカルアプローチだ。
自分が興味を持った理由は、もともと仕事や生活において「環境」を重視していたから。
今回記載するのは、「Football Quest」というコミュニティによる植田さんの講義や、最近その植田さんが出版された【エコロジカル・アプローチ: 「教える」と「学ぶ」の価値観が劇的に変わる新しい運動学習の理論と実践】を学んだことを中心に、自分の理解や実践を踏まえての感想を加えて記載している。
自分は多くの気づきと発見があり、TRでも実践してみて選手たちにもポジティブな変化があった。
多くの指導者にエコロジカルアプローチの考え方を知ってもらうことで何か気づきや学びがあればと思いまとめてみようと思う。
非線形運動学習理論「エコロジカルアプローチ」って何??
いままでの運動学習は、規定のスキルや基礎スキルを動作の繰り返しによって獲得することで、安定的なパフォーマンスにつながると考えられていた。いわゆるドリル練習や動作に対するコーチングである。
例えば、インサイドキックを教える際に、足の角度はこれくらいでこうして、、、、などを細かく伝えたり、コーンドリブルなどを繰り返し行ったりする指導法だ。
今回紹介するエコロジカルアプローチでは「自己組織化」がベースにあり、与えられた制約から学習者自身がより良いソリューション(自分の関節に合った動作解や動き)を発見し、そのレパートリーを増やすことでパフォーマンスが向上し安定するという考え方をしている。このような制約を軸としたTRにより、選手自身にソリューションを探索させるアプローチを「エコロジカルアプローチ」という。
そのため、エコロジカルアプローチにおいて監督/コーチは「制約のデザイナー」と称される。
エコロジカルアプローチのプリンシプル
エコロジカルアプローチを練習に取り入れるにあたって、守るべき原則は5つ。
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①代表性
トレーニングは実際にパフォーマンスする環境 =試合に対応しているべきである。
スキルの獲得と、試合で実際にパフォーマンスに現れることは別であり、獲得したスキルが必ずしも試合で出るわけではない。
獲得したスキルを試合に「転移」させるためには、試合に近い状況で行うことが必要である。
もしかしたら、制約を与えることによって代表性の欠如にはならないか??と思った人がいるかもしれない。
しかし、代表制とは試合に必要な要素を含むという意味であり、制約を与えながらも試合の要素を抽出し、近い状況を再現して行うことは可能である。
ちなみに代表性の欠如したパターンとはバッティングマシーンでの練習などが挙げられる。ピッチャーが投げるという試合における重要な要素が抜け落ちているため、実際のピッチャーが投げる時と比較して身体の反応が変わってきてしまう。
考え方として近いのはサンプリングである。
例えば、全人口の何かしらの傾向を知るためにアンケートを取らなければならない場合、一般的には全人口の出身地や年齢、性別などの比率を成るヴェク近づけた何人かを抽出して行う。
同様にサッカーでも試合と全く同じ条件でTRはできないが、近い状況を再現することは可能である。
②タスクの単純化
タスクは減らすのではなくシンプルにする。認知→判断→実行といったように切り分けてTRをしても、常に「知覚」と「運動」はカップリングしており、どちらかが抜け落ちた状態でTRをしても上達がない。
分解するのではなく、可能な限り残してシンプルにしてTRを行う。
例えば、試合でドリブルがうまくできない→ドリル形式でTR→試合で実戦と考える人が多い。
そうではなく、コートを広くする、人数を少なくする、ドリブルゴールにする、などタスクを単純化してTRを行い学習させる。
③機能的バリアビリティ(反復なき反復)
人間はある運動の目的に対してさまざまな関節や筋肉を動かして目的を達成している。今まではその「動作」を安定させることが一貫したパフォーマンスには重要だと考えられていた。しかし、試合においては関節の硬さや疲労度による「内的要因」、相手やピッチコンディションなどの「外的要因」に必ず変化が生じるため動作の安定は難しい。
なので、あらゆる状況において自分の動作を変化させて対応できることがが安定したパフォーマンスには必要である。
例えばパスをずらさない人というのはあらゆる状況においても自分の動作を変化させることでできる、つまりパスをずらさない人は運動をずらせる人である。
よって、一つの動作を暗記するのではなく、あらゆる状況に対する「動作の最適解の出しかた」を学習することがパフォーマンスの向上に必要である。
👉🏻バリアビリティのレベルの調整
このバリアビリティのレベルをどれだけ与えるかは学習者に依存する。上級者にはカンタンなドリルトレーニングはバリアビリティが低すぎるし、初心者にはスモールサイドゲームも難しいかもしれない。制約主導によって適切なバリアビリティを生み出すには対象者をじっくり観察し理解する必要がある。
④制約操作
エコロジカルアプローチでは「制約」を3種類に分類している。
個人制約:身長、体重、関節の可動域、モチベーションや感情など
タスク制約:用具のサイズ、ルール、得点形式、時間、コーチングなど
環境制約:コートのハードや気温、明るさ、社会的な期待や注目度など
機能的バリアビリティの考え方に基づいて、さまざまな運動課題や目的に対して、ソリューションを指導するのではなく、「制約」を加えることで選手のバリアビリティを生み出し、自己組織化を促す。
👉🏻 自己組織化とアトラクター
人間はランダムな状態を嫌い、制約下で安定した状態を作る。 その状態をアトラクターと言い、制約変化がないと同じアトラクターに居続ける。その結果バリアビリティの獲得が難しく上達がない。
制約操作によって新たな情報を与えることで、いままでの動作の不安定化を起こし、最適な動作の探索を起こさせる。
⑤注意のフォーカス
自分の意識を動作そのものに向けるのではなく、その運動の結果や効果に意識を向ける。この原則に関しては制約の設定を元にしたアプローチを行っていれば基本的には達成されるのであまり考慮する必要はない。
👉内的フォーカスと外的フォーカス
内的フォーカス:パフォーマーの注意が「動作そのものに向けられること」 →サッカーのキックでいえば、軸足の膝の角度、蹴り足の軌道など、筋肉、関節、 体節など身体に関する情報に注意が向くこと。
外的フォーカス:外的フォーカスとは注意が「動作の効果に向けられること」→キックされたボール軌道やボールを届けたい味方の位置などに注意が向くこと。
内的フォーカスはなぜダメなのか?
内的フォーカスはプレッシャー下による運動の崩壊を起こしやすいと言う問題点がある。例えばPKの局面においては、いつも以上に内的フォーカスに集中することがパフォーマンスの低下を引き起こす要因であると言われている。例えば、助走や身体の角度など。
エコロジカルアプローチ:まとめ
以上がエコロジカルアプローチを実践する上での5つの原則である。
オーガナイズや人数などの「制約」を緻密に「デザイン」することで、自然と選手が新たなソリューションを探索し、その「ソリューションを見つける能力」を育てることで、パフォーマンスの安定を目指していく。
大切なのは、指導者はソリューションを規定するソリューションセッターではなく、課題やタスクを与えるプロブレムセッターであるということ。
短期的には従来の伝統的なコーチングの方が変化がわかりやすく、色々と言いたくなるが、そこを選手自身が探索して見つけるまで待つことで、練習から試合への転移につながる。
臨機応変な対応が重要
実際に取り入れてみて感じたメリットはフリーズによる説明や具体的な提示がなくても自然とテーマにしている部分が出てくるので練習のテンポがよくなること。
自然とバリアビリティが生じて新たなプレーが見えた時はかなり嬉しい。
難しかった点は選手の能力にばらつきがある場合、制約の設定をどのレベルの選手に合わせて行うか、そこの加減がかなり難しかった、、。
また、TRへの取り組みの姿勢や強度の基準においては指導者側から言語によるコーチングやデモンストレーションも必要である。(切り替えのスピードやプレッシャーの強度など、、)
よって、TRの中で自己組織化を促したいものと、こちらからはっきりと示す必要があるものを事前に指導者のなかで整理しておくべきである。
以前、ルールリテラシーという本の中で、「同じ目的や志向性がない場合はどんなルールを設けても意味をなさない」と言ったようなことが書いてあった。
つまり、チームで同じ目的や思考性を持っていない、そもそも与えられた課題を解決しようとしない場合にはどんな制約をもたらしても無駄である。
試合やTRにおいて主役は「選手」である。よって選手の性質や特徴によってベストな方法も変わってくる。自分の中での引き出しを増やし、指導している選手やテーマ、目的に合わせて最適なアプローチを行なっていきたい。
最後に
最近、本田圭佑さんによる近畿大学の卒業式でのスピーチで、エコロジカルアプローチに近い話をしていました。
こちらの本を読むことでより深く理解できますので読むことをお勧めします。
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