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桐野夏生『I'm sorry, mama.』最高のグロテスク小説

第一印象

「ごめんね、お母さん」というセリフのようなタイトルに目を惹かれた。
桐野夏生が、1999年の『柔らかな頬』で直木賞を受賞した著名な小説家だということも知っていた。私が本作に抱いた第一印象は、「若い女性が主人公の、シリアスな小説だろう」という程度。だが、凄惨でリアリティに満ちた描写に、鳥肌が立つのを感じながら、1日で読み終えてしまった。

感想「『マンマ・ミーア』の地獄バージョンかよ…」

妙な見出しをつけてしまったが、一言で感想を述べるならこのようになる。
第一章、40代の稔が、妻美佐江のことを「母ちゃん」と呼び、マザーコンプレックスを抱えた未熟な男として描かれているのがいきなり興味深い。
「この人たちの物語なのか、退屈だな」と思って読み始めた1章が終わる頃には、美佐江の身体は真っ黒焦げになり、稔の脳は一酸化炭素中毒に侵されてしまっている。
主人公は「松島アイ子」なのだ、という驚き。第一の衝撃が強烈すぎて、たった1日で読み終えられるという確信を持ったのだった。

アイ子の経歴は謎に満ちている。その根底にあるのは、実の両親が誰か分からない、というもの。ミュージカル映画で人気を博した『マンマ・ミーア!』ならば間違いなく幸せな「親探し」のテーマである。「私は誰でもない」という虚無感が、アイ子の拠り所のなさを生み出しているようだ。しかしヌカルミハウスの過去が明らかになってゆく中盤以降、アイ子にとってのママ探しが始まる。


アイ子は寄生できる宿主を見つけては居候として日銭を稼ぎ、用済みになったり彼女の気分を損なったりしたら、その相手を殺してしまう。

アイ子は、人の顔色や周囲の様子を忙しなく観察し、どうすれば自分が得をするかを常に考える少女だった。その性質は小説を通じて変わらない。この性質は、虐待を受けて育った子どもによく見られる行動だと知っているが、物語の前半から、臨機応変に周囲の環境に適応し、自分に都合の悪い証拠を残さないように保身する態度は継続していた。

「無敵の人」にとっての殺人

本文中には登場しない文言だが、松島アイ子は「無敵の人」と呼べるだろう。自分の世俗的な出世や良心的な行動への興味がなく、その場を刹那的に切り抜けながら過ごしている生活。その中で、彼女の尊厳を踏み躙るような行為を犯した者たちは、「なぜ私が殺されるのか」よく分からないまま遺体になっている。
アイ子主観の事実で言えば、自分は人の流れの中で生きていけばよく、都合の悪い悪事を為してしまったとしても、それを知る人物を抹消してしまえばよい。もとから守るべき財産や地位はないが、自分の過去にまで遡って侮辱をしてくる人間は許せない。自分の忌まわしい過去に介入してくる人物は、どのような行為をアイ子に寄せていたとしても、殺害してしまわなければならない存在なのだろう。

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