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ミッドナイト・イン・パリを深夜3時に見た

20時に眠りについたせいで夜中の3時に目が醒めた。これはいけない。如何にか眠ろうと努力してもうまくいかない。醒めてしまったものは仕方がない。入眠を諦め、映画でも見ようとしたところ、友人から「ミッドナイト・イン・パリ」が面白いと言われた。

現在3時。「ミッドナイト」と言っていい時間。家の外の道路を走る車もなく、家の中の外もしんと静まり返っている。わずかに窓枠にぶつかる雨音しか聞こえない。「ミッドナイト・イン・パリ」をみるにはぴったりの時間だ。作品への没入感を期待して、Amazonプライムを徐に開いた。

パリへの「憧れ」

映画の始まりはパリの街。何カットものパリの美しい街並みがふんだんに使われており、作品の舞台となるパリへ観客を引き込んでいく。映像と同時にパリへいざなうのは「Si tu vois ma Mère」だ。甘く切ないメロディーがパリの魅力をより一層引き立てている。
アメリカンジャズなのは主人公がアメリカ人だからだろうか。心地よいジャズとパリの街角がマッチしてお洒落な雰囲気を醸し出していく。
この数分で、僕はパリに恋をした。

この作品は、パリのアーティストの片鱗がふんだんに散りばめられている。
冒頭、主人公とその婚約者がモネの「睡蓮」のモデルとなった池を訪れており、パリの芸術を感じることが出来る。
主人公はアメリカの脚本家。彼——ギルは、婚約者とその両親と、パリへ来ていた。小説家に転身しようとしている彼は過去への憧れがある。その憧れが詰まった花の都・パリへ引っ越そうと婚約者に提案するが嫌がられてしまう。夜のパリを散歩しているうちに彼はいつの間にか1920年代へタイムスリップする。
ファンタジックな展開。あまり物事を強く言い切れないギルは流されるままクラッシックカーに乗り込み、彼が憧れた作家たちに出会う。ヘミングウェイ、フィッツジェラルド、ガートルード・スタイン、コール・ポーター、ピカソなどが彼の前に現れる。懐古趣味の店をやる主人公の小説を書いているギルには、憧れの世界が広がっているのだった。

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弱気なギルの成長物語

ギルは優しさと気弱の間にいる。前半では婚約者に振り回されて、あまり好きじゃない友人たちと無理に行きたくないパーティーに行ったり、美術館で蘊蓄を聞かされたりする。小説家になりたいという希望をひどく罵られ、夜の道を散歩したいと言っても否定され…それはギルだけの責任ではないが、ギルが今までもそう、流されるがままに過ごしてきたのだろうという人間性を滲みだしている。それが彼の良いところであり、悪いところでもあるのだろう。
そんな彼の背中を押してくれるのが、1920年代の人々だ。
ヘミングウェイは彼を臆病だと言った。ガートルード・スタインは敗北主義をやめなさいと言う。
そして劇的な出会いを遂げたアドリアナだ。彼女はピカソの元にいた服飾の勉強をする美女。彼女に惹かれるギルは、少しずつ前に進んで行く。誤魔化そうとしていた婚約者との摩擦。パリへの思い。
そうして彼は、婚約者に別れを告げ、自分の気の赴くままにパリでの生活を選ぶ。彼が自分自身と向き合い、自分の道を決めたのだ。

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歴史と美術史のてんこ盛り

フランスとアメリカ文学や歴史、そして美術史が一挙に楽しめる作品だ。細かな伏線やアイディアが満載で鑑賞後に思わず世界史の資料集を開いてみたほどだ。次は誰が出てくるのかな、というワクワクした気持ちがギルとリンクして心地良い。
「華麗なるギャツビー」の著者フィッツジェラルドとその妻ゼルダ、「誰がために鐘は鳴る」のヘミングウェイ、「Let’s Fall in Love」のコール・ポーター、詩人のジャンコクトー(彼は名前だけ)、「ゲルニカ」のパブロ・ピカソ、「アンダルシアの犬」のサルバドール・ダリなど、誰もが一度は耳にしたことのある芸術家たちがギルと出会い、様々な話をしてくれる。
歴史好き・芸術好き誰もが憧れるそのシチュエーションを羨望せざるを得ない。
また、過去の表現も見事だ。タイムスリップ後の赤みがかった映像は1920年代のノスタルジックな雰囲気を見事に表現している。現代の街並みと1920年の街並みがそこまで変わらないパリだからこそできた自然なタイムスリップ。頭を打ったり殺されたりするきっかけのわかりやすいタイムスリップではなく、自然に迷い込んでしまうタイムスリップも悪くない。あくまで上品にお洒落にまとめ上げるために過剰演出をしないのがこの作品の良さを際立たせている。

懐古・浪漫主義にはたまらない

主人公のギル同じく、懐古主義の僕にはたまらないファンタジックムービーだった。
人は皆「あの頃は良かった」という。「黄金時代」はいつの時代も過去にあるのだ。過去は良い。過去に憧れがある。
生まれたのが遅かったと何度思ったことか!
過去にどうしてこんなにも惹かれるのか。過ぎ去った時間はもう戻らない。失ったものは心に美しく映る。思い出の中できっと過去は美化されているのだろうけれど、それでも、過去に焦がれる。
誰しもが抱くそんな感情を見事に表現し、ひと時の非日常的体験として心に刻み付けられた。
真夜中のパリを歩いたらひょっとすると…そんな密やかな自分だけの楽しみを齎してくれたことに、僕は感謝したい。

ギルの人生を映画に切り取った最後は、現代で出会ったアンティークショップの女性と雨が降る真夜中のパリを歩く場面だ。ここで冒頭に流れた「Si tu vois ma Mère」が再び流れる。ロマンティックなエンディングだ。
彼女と一緒に1920年代にまた行くのかな、なんていう想像を膨らませられる。街灯を反射した石畳の上を歩いていく2人を見ると、ハッピーエンドなのだなあと言う気になった。

最高の追体験

3時に目が醒めた時は、「こいつはヘビーだぜ」と陰鬱な気持ちになったのだが、この「ミッドナイト・イン・パリ」のおかげで最高の夜になった。
ロマンティックでノスタルジックな感情を抱えたまま曇天の朝を迎える。
ギルの物語の続きかと言わんばかりに降る雨に小さくガッツポーズをした。
余韻と、現実世界にはみ出してくる作品がとても好きなので、ミッドナイト・イン・パリはすぐさま大好きな作品の仲間入りを果たした。

現実に少し疲れた時に見る、大人のためのおとぎ話だ。
雨が降る真夜中に是非見てほしい。

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鬼堂廻
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