息子の話。 元々人懐こく、一度関係性を作った相手にはベタベタと甘える息子。 ここのところ、毎週行く江ノ島で、カヌークラブの練習前に、埠頭で釣りをしてる人に話しかけに行くのが恒例になっている。 この間は、少し遅れて自分が着いたら、釣りをしてるおじ様と話している。 父親としては、ここでどうするかだが、最近は見守るようにしている。もちろん皆さんが子ども好きなわけではないだろうし、邪魔だと思うかもしれない。もしかしたら海に突き飛ばされてしまわないだろうかと、父親としては一応遠くで見
ちょっと、前の話なのですが、学校の先生から「講演」と「インタビュー」の違いについて聞かれました。 聞き書きの教育効果についての話をする流れの中で、取材して話を聞くって、講演を聞くのと何が違うんですか?と聞かれたことがあります。その質問の背景までお聞きできませんでしたが、講演の方が一気に大勢の学生が話を聞けるのでは、ということかもしれません。 改めて考えてみました。 一番の違いは、講演が話し手が主導権を持ち一方的なのに対し、インタビュー(特に聞き書きのような非構造化インタ
インタビューをはじめ、人の話を聞く、尋ねるという行為の中で、お互い意識しておくとよいなと思うのが、モノローグとポリフォニーという視点。 インタビューやダイアローグは、相互構築な側面があります(これはまた一議論できる話)。相互構築を少し具体にすれば、インタビューですと聞き手と話し手がいますが、話し手が同じでも聞き手が違えばそこで生まれる物語は当然違ったものであるわけだし、むしろ話し手もタイミングや場所、気分によって話す内容は変わるわけで、同じ物語が生まれることはありません。
前回、ライフストーリ―は「過去」と「未来」、「人」と「人」をつなぐものだと書きました。 ライフストーリ―と似た言葉にライフヒストリーがあります。 MONOSASHIでは、ストーリーという言葉をこだわって使っています。 history は「歴史」、storyは「物語」という意味ですね。 (ちなみにこの二つ同じ語源?と思って調べたら、どうやらそのようです。こちらの記事に書かれていました。昔は「歴史」と「物語」が同一の言葉だったというのも奥深いものがあります) ヒストリーが、
話し手がいて、聞き手がいて、話し手の人生=これまで生きてきた軌跡、出来事や想いなどを、インタビューを通じて文章にまとめたものが”ライフストーリー”です(定義は色々あるかもしれませんが、私たちの定義です) 自分のこれまでの人生の棚卸のためにライフストーリーを作る。 地域史を作成するために、地域住民のライフストーリーを聞く。 祖父の人生の記録を残すためにライフストーリーを作る。 個人で制作する場合、こういった場面が想定されます。その際、「過去」を「残す」という部分がフォーカス