映画「墓泥棒と失われた女神」直感で観るべき映像の感受性が炸裂した本作を無い知恵を絞って考察してみる

まずは、あらすじ。

80年代、イタリア・トスカーナ地方の田舎町。忘れられない恋人の影を追う、考古学愛好家のアーサー。彼は紀元前に繁栄した古代エトルリア人の遺跡をなぜか発見できる特殊能力を持っている。墓泥棒の仲間たちと掘り出した埋葬品を売りさばいては日銭を稼ぐ日々。ある日、稀少な価値を持つ美しい女神像を発見したことで、闇のアート市場をも巻き込んだ騒動に発展していく...。

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かなり好きな映画だった。本作でこの監督を初めて知ったが、表現の自由さに感動した。カメラは逆さになったり、ぐるぐる回ったり、早回しになったり、画角もしょっちゅう変わるが、それらは気を衒ったというよりも、見たいものを見るために、あるいは、見えないものを見るために必然的にそうしたと思える。こればっかりは個人の好みなので、嫌いな人は嫌いかも知れない。少なくともおれは全部夢中で観た。

監督はフェリーニやパゾリーニに影響を受けたと仰っているそうだが、ゴダールやアグネス・ヴァルダの遊び心、グザヴィエ・ドランの瑞々しい感性、レオス・カラックスの狂気も見受けられた。娘たちが老いた母を施設に預けて家を売り払い家具も貰おうとするあたりの、子供が親をぞんざいに扱う感じははっきりと「東京物語」に目配せしているように見える。

実際、本作の編集はカラックス映画で「ポーラX」「ホーリーモーターズ」など多くの作品を編集している女性である。その点を踏まえると監督一人の力量を讃えるというよりもこの作品に携わったスタッフ・キャスト一同の感性が、お砂糖スパイス素敵な物いっぱいとケミカルXを混ぜ合わせてパワーパフガールズが生まれたみたいに、集結して築き上げられたまさに総合芸術と呼べる映画だと感じる。どこを切り取っても映像表現の感受性に震えるし、音楽の使い方も興奮を禁じ得ない。とはいえなかなか癖のある映画ではあった。

1+1+1=3 みたいに出来事が整然と積み重なり結末が導かれる一般的な映画に慣れた目で観てしまうと頭がこんがらがるかも知れない。たとえば1という数字を二つにへし折って、別の1を海に放り投げて、残った1を二つに割った1に足して3みたいな、自分自身何言いたいのかわからんけど、大体こんな感じの柔軟な受け入れ方で鑑賞するのが真面目に考察するよりも正しい気がする。教養のないZ世代を見習って「エモい」の一言でその素晴らしさを語るのもいいと思う。


そんな難癖のある数式を紐解くとしたら、土(地下に向かう布石)と、火の使い方、それと水に答えがあるように思う。

序盤でアーサーの家にイタリアが来たとき、彼女は枝分かれしてYの字になった木を見て「人が逆さになっているみたい」と言う。これがその後、墓泥棒のシーンに繋がっていくのだが、要はここで、観客に下に向かう欲望を植え付けていたのかなと思うのだ。別の場面では、イタリアは子供をこっそりと音楽教師の家のテーブルの「下」に隠れさせているし、「下」を見れば何かがあるというメッセージが、墓を掘る前から刷り込まれていると受け取れる。そういう無意識があるから、墓が隠されているだろう場所でカメラが180度回転した時に感じる快感は病みつきになる。

火については、アーサーが家に帰った時、タバコに火をつけようとするが、ライターのオイルが切れていて、ガスボンベに直に火をつけた。この、火がないことの焦ったさ、火がついたことの安堵感は、墓の下に潜った時につける火につながる。火が未知なる世界へ導くのだ。だから、音楽教師の家でアイロンで布を焦がした時にテーブルの下で子供が顔を出して泣き出すのは偶然ではない。

で、水は、本作ではなんとなく不吉の象徴だ。海辺で墓を掘ると他の奴らに出し抜かれるし、水たまりの下にある墓を掘ると、閉じ込められてしまう。やっと手に入れた女神の頭もアーサーが海の底に放り投げてしまう。恐らくアーサー自身も水は不吉であると認識していた。だから身なりの汚いアーサーがシャワー浴びるシーンはどこにもないし、グラスに入った水や酒もかなり量が少ない。

とにかく、映画の中で、水は適切に排除して管理されている。そうした、火、土、水の関係があったから、ラストの再会シーンにエモさが溢れるのだろう。

頭が悪いので、これ以上掘り下げて語ることは難しいが、たぶん、もっと色々な秘密が隠された映画なんだと思う。だいたい、本作のモチーフになったというギリシャ神話も、おれは音楽の授業で歌わされたイカロスしか知らないし、せめて、ギリシャ神話を読み解けばもっと奥深い考察ができる気がするが、これはもう、是非ともその筋に通じた賢い人にやってもらいたい。

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淀川十三
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