【ネタバレ考察】 『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
アカデミー賞の大本命と言われ、A24最大ヒットとなった『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』。
この長いタイトルも覚えにくいですが、内容もかなりのカオスでした笑
でも、面白い。
自分の頭の整理のためにもnoteでまとめてみたいと思いましたが、ネタバレにもなってしまいますので、鑑賞後に読まれることをおすすめします。
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(3月3日公開)
あらすじ
破産寸前のコインランドリーを経営するエヴリンは、国税庁に税金の申請をしなければいけないのに、ボケてるのに頑固な父ゴンゴンが中国から来ていて、旧正月のパーティもしなくてはけない、それに反抗期の娘がレズビアンの恋人を祖父ゴンゴンに紹介したがっているが絶対に理解してもらえないし、夫は頼りない。
そして国税庁の担当は超怖い。
そんな時、夫が「自分は違うユニバースから来た、世界を救えるのは君だけだ」と言い出し、マルチバースの世界に飛び込んでいく。
というあらすじ書いてるだけでも、かなり混沌としてます笑
でもかなり多忙で色々あるけど全部が上手くいっていない追い詰めらてるというのが主人公エヴリンの置かれた状況です。
そしてそこからマルチバースの世界で次々にやってくる敵とバトルします。
感想
とにかく最初は理解が追いつかないんですが、なんだか面白い笑
カンフーにマルチバース、かなりカオスな内容なんですが結局は家族の愛の物語。
60歳のアジア女性がカンフーする話がこんなに話題になるなんて。
下ネタギャクも織り混ざって、それだけぶっ飛んだ世界観なんですが、それでも伝わってくる何かがしっかりあってメッセー性が感じられました。
ハッキリ言って万人受けする作品ではなく、ダメな人は全くダメだと思います。
でもやっぱりこういう作品がしっかり評価される世界であってほしい。
キャストについて
ミシェル・ヨーは、カンフー映画で有名になって『グリーン・デスティニー』で世界的にも知られるようになり、『007 / トゥモロー・ネバー・ダイ』ではボンドガールに。『クレイジーリッチ』ではアメリカ映画としてヒットして『シャン・チー/テン・リングスの伝説』ではマーベル映画としてコロナ禍であるにも関わらず大ヒット。
そして『アバター』続編へのキャスティングも決まっています。
まさにスター街道をゆくアジアを代表する女優です。
本作でのマルチバースでは自身のキャリアを振り返るようなシーンもあるので、彼女のキャリアを知っておくのはポイントです。
そして、キー・ホイ・クァン。彼も本当に良かった。
ある程度の世代以上には絶対に記憶にあるのが子役としてのキー・ホイ・クァン。名作『グーニーズ』や『インディ・ジョーンズ / 魔宮の伝説』に出ていたあのアジア人少年です。
当時、人気を博したものの、その後アジア人ということで役には恵まれず不遇の時代を過ごし、役者を諦め制作側のスタッフとしてずっと活動していました。
そして本作で劇的なカムバック!
ミシェル・ヨーとは対照的なキャリアなんですが、彼も本作でとても評価され各映画祭で賞を受賞しています。
ゴールデングローブ賞での彼のスピーチがとても感動的です。
『フェイブルマンズ』で授賞式にいたスピルバーグに向かって「ボクを見つけてくれて、ありがとう」と。そして本作の監督ダニエルズに向かって「ボクを覚えていてくれて、ありがとう」と涙ながらに感謝を伝えたシーンは誰の心に響くものでした。
字幕なしなんですが、心に伝わってくる名シーンです。
そしてもう一人。
こちらはアジア人ではないですが、ジェイミー・リー・カーティス。
『ハロウィン』シリーズが有名ですが、本作でも国税庁の怖い担当者として登場しています。
マルチバースの世界ではエヴリンの襲いかかる悪の手先であり、別世界ではエヴリンと恋人同士であり、現実世界でもコインランドリー差押え騒動の後でちょっと仲良くなったりと、キーマンを演じています。
メインキャストがそれぞれ良くて、このぶっ飛んだ世界ですごい存在感を発揮していてインパクトを出しています。
彼らが各映画賞で俳優賞を受賞してきていることも納得です。
監督、ダニエルズについて
監督は、ダニエル・クワンとダニエル・シャイナートのコンビ。
二人ともダニエルなので、ダニエルズというユニット名となってます。
彼らの特徴としては、とにかくぶっ飛んだ内容にとんでも設定な世界観。
ものすごく振り切った内容を思い切ってやるところです。
A24と組んだ前作『スイス・アーミー・マン』がとにかくぶっ飛んだ内容でした笑
無人島に流れ着いた主人公のポール・ダノが、同じく流れ着いた死体(ダニエル・ラドクリフ)を色々便利に使って(死体のオナラでジェットスキーのように海上を走ったり)、下ネタも満載で無人島を脱出する話です笑
スイス・アーミー・マンとは、あの便利な十徳ナイフ「スイス・アーミー・ナイフ」の人間版という意味。もうその世界観がぶっ飛んでいていいです。
だけどそのぶっ飛んだ設定はメタファーだったりして、主人公の脳内変換されていた話で、自分自身を見つめ直す内容だったりします。
そんなダニエルズが監督した作品なんで、普通なはずがありません。
普通だったらもうガッカリです。
そして本作『エブエブ』では前作を超えてきてます!
ADHD(注意欠如・多動性障害)について
本作を読み解く上で、このADHD(注意欠如・多動性障害)がキーワードになります。
何かをしている途中で別のことに意識が入ってしまい集中力がない症状ですが、ダニエル・クワンのお母さんはこの症状だったようです。
いろなことを始めては全部が中途半端になってしまう。
一般の主婦もそうですが、仕事に家事に育児など常にマルチタスクでいっぱいいっぱいになっている。
主人公のエブリンはこのダニエル・クワンのお母さんがモデルとなってます。
そこでこのADHDを調べていくうちに、なんとダニエル・クワン自身がADHDであることが判明。それによってどう描いていくかの方向性が決まっていったのだとか。
マルチバースの世界
ADHDの症状は、何かをしている最中に別の考えにふけってしまう。
誰かと話していたにも関わらず、別の空想の世界に考えがいってしまって相手に「聞いてますか?」って言われて「はっ」と我にかえる(元の世界に戻ってくる)んです。
それってつまり別の空間に飛んでいってる、マルチバースの世界にいっているという世界観に繋がっていくんです。
これがこの不思議な世界観の出来上がった理由です。(だと思う)
そして、その他のマルチバースの世界というのはどういう世界か。
それはもしかしたら(あの時ああしていたら)そうなっていたかもしれない、もう一つの自分の人生の世界。
主人公エヴリンが経験する無数の世界では、
・カンフーをマスターしてスターになっている自分(これが実際のミシェル・ヨーなんですが)
・鉄板焼レストランのシェフになっている自分
・看板をまわすピザ屋になっている自分
・指がソーセージの世界で、国税庁の担当と恋人になっている自分
・娘のジョイとぶら下がった人形になっている自分
・娘のジョイとどこかの星で岩になっている自分
などになっています。
バカリズム脚本のドラマ「ブラッシュアップライフ」(これ超おもしろい!)では2週目以降も割と同じような人生を主人公が歩みますが、『エブエブ』の別世界では全然違う人生になってます。岩もあるし笑
エヴリンが会話の中で思いついたくだらない話や勘違いまでもがマルチバースの世界に登場してきます。
このマルチバースの世界。ダニエルズ独自解釈の世界のような気もしますが、『エブエブ』の製作に入っているプロデューサーは、実は『アベンジャーズ』でお馴染みのルッソ兄弟なんです。
マルチバースといえば、マーベルが本家。そこの中心にいる監督が本作のプロデューサーをしているっていう意味も面白いです。
バースジャンプのおかしな設定
別のユニバースに移動する際には、あるルールがあります。
毎回その指令が変わるんですが、「普段しないようなおかしな行動」をすることで別の世界にジャンプでき、その世界の自分が持っているスキルを身につけることができる。そうやってパワーアップしていくことで敵と闘っていくんですが、「肛門にトロフィーをブッ刺す」みたいな指令を真剣にやり合うあたりとかマジで笑えます。
肛門にトロフィーをブッ刺しながら本格カンフーをするのがいい!
この肛門ぶっ刺しコンビは、アンディ・リーとブライアン・リーの兄弟。実は本作のスタントコーディネーターでもあり、真剣に本格アクションでバカをやってくれています。
そういう変わった設定や、下ネタのギャグがあるのがダニエルズらしい演出です。
随所に映画ネタ
マルチバースの世界を飛んでいく中で、映画ネタが随所に出てきます。
特に分かりやすいのがウォン・カーウァイの『花様年華』です。
夫のウェイモンドが髪型もスーツもバッチリで、結ばれなかった儚い大人の恋の世界をエヴリンと過ごします。
それにディズニーアニメの『レミーのおいしいレストラン』(原題:ラタトゥーユ)。
見習いシェフの帽子の中でネズミのレミーが料理の手ほどきをするんですが、『エブエブ』で人気シェフの帽子の中にいたのは、なんとアライグマ。マーベルの『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』に出てくるロケットにそっくりなのも笑えます。
それに指がソーセージの世界の原始時代に描かれているのは『2001年宇宙の旅』の猿たちです。
ベーグル型のブラックホール
世界を救うことを託されたエヴリンが倒す相手、巨大な悪のラスボスであるジョブ・トゥパキ、彼女の正体はなんとマルチバース世界の娘ジョイだった。
ジョブ・トゥパキは、ベーグル型のブラックホールによって全てのマルチバースを飲み込もうとしていた。
なぜならば、この世は全てくだらないから。
結局、面倒なことは全て無かったことにしてしまえばいい。
そんな絶望的なジョブ・トゥパキの思いからこの世は消し去られそうになっている。
エヴリンを誘い、一緒にブラックホールの中に入ることを誘うジョブ・トゥパキ。
しかし、
それを止めた人物がいた。
それは、頼りなかった夫ウェイモンド。
彼は、その優しさで彼女を止めます。
離婚届だって、離婚を考えたことで話し合いやり直せた夫婦の例を聞いて思いついたウェイモンド流の優しさだったのです。
コインランドリーの差押え騒動だってエブリンとの状況を伝え、必死に税金申請の期日を延ばしてくれたのも彼でした。
それに気づいたエヴリンは、ギョロ目シールを額に貼り(ウェイモンドの好きなシールを貼ることで彼の優しさを受け止めた)、優しさで相手と対峙していきます。
もうこの辺りで泣いてます笑
その後のエヴリンの攻撃は相手の腰痛のを治し、国税庁の担当に愛を伝え、ドM男の尻を叩き(このドM男は監督のダニエル・シャイナートです笑)、ジョブ・トゥパキこと娘のジョイを止め、危機を救うのでした。
結局どんな話だったのか
まずエヴリンの置かれた状況をおさらいすると、
という状況です。
かなり切羽詰まっていて同時に複数のことをやらないといけないマルチタスクを強いられ、かなり混沌としています。
できればこんな上手くいかない人生からは逃れてしまいたい、もっといい人生が自分にはあったはず。そんな思いに駆られてもおかしくなかったはず。
そんな慌ただしい中、国税庁へ向かう道中で夫のウェイモンドが囁いたのがこのマルチバース世界の始まりでした。
そう、
マルチバースの世界では国税庁の担当らが敵として登場し、自分を諦めた父が止めに入り、そしてレズビアンである事を認めてあげないことで不貞腐れていた娘ジョイが悪の親玉となっていて、それは自分を困らせている相手で、そういう目の前の困難と戦い、それを乗り越える話だったのです。
そして、
まずは目の前の相手を認めること、許すことで優しくなれる。
それによってわだかまりのあった父や娘、夫へ優しさで、関係が改善できるという、自分探しの話でもあり家族の愛の話でした。
国税庁へ再提出しに行った時は、怖かった担当のディアドラもちょっとだけ優しくなっていた。
2回観て分かったんですが、オープニング映像って丸い鏡に映ったエヴリンら家族3人がとても楽しそうにカラオケをする姿から始まるんです。
だから2回目観ると冒頭から泣けてくるんです〜泣
こういうストーリーの流れを3章構成で展開しました。
EVERYTHING、(なんでも)
EVERYWHERE、(どこでも)
ALL AT ONCE(いっぺんに)
マルチバースのメタファー
パンフレットにもダニエルズのインタビューが載ってますが、マルチバースのメタファーは、「インターネット」だそうです。
確かにネットではマルチウィンドウで次々と違うページ(ユニバース)に飛び、人によっては様々なアカウント(もう一人の自分)を使い分け、他人の人生を羨み、何もない自分に虚無感を覚える。
ネットで飛び交うデマや陰謀論、情報にアクセスし過ぎることで全てが嘘のように思えて疲れてしまう。
それはやがてジョブ・トゥパキのように全て何もかも無かった事にしてしまいたいほどダークサイドに陥ってしまう危険を孕んでいます。
そんなことよりも、目の前の家族や大切な人に優しくすることの方が大事ではないのか。
行き詰まっていても優しさで変えられる。
苦しい時ほど優しくなれば乗り越えられる。
分かり合えなくても「優しくなれ」とは争いや不理解や不寛容、ネットでの誹謗中傷が絶えないこの世の中対するダニエルズからのとても平和的なメッセージなんです。
なんだかんだこの世の中にはまだいいこともある。
目の前の人に親切に。
そういうメッセージがこの映画にはあると思います。
似ている映画
似ている映画としてよく『マトリックス』が挙げられていますが、自分個人的には、細田守監督の『未来のミライ』が近いなと思いました。
(この映画挙げてる人、他にはいませんが)
あの映画も未来から妹のミライちゃんが突然やってくるという、あり得ない設定から始まります。
そして、結局は妹ができて赤ちゃん返りしていた主人公のくんちゃんが、妹ができたことを認め、自分はお兄ちゃんなんだという自覚を持つ、という話なんですが、それをめちゃくちゃ壮大にファンタジックに描いたのが『未来のミライ』という作品でした。
『エブエブ』も結局は一番身近な家族の話を、カンフーにマルチバースというとんでもなく荒唐無稽な設定で下ネタギャグ(『未来のミライ』には下ネタないですが)も織り交ぜなから見せた作品なので、そういう意味でとても近いなと思いました。
パンフレット
本作のパンフレットのデザインは、日本映画パンフ業界のトップランナーである大島依提亜さんが手がけています。
大島さんについては以前にnoteでも書いてます。
本作のキーアイテムでもある「ギョロ目」シールが表紙についたこだわりのデザインとなっていますし、内容としても映画評論家の町山智浩さんはじめコラムも充実していますので、本作が気に入った方はとてもおすすめです。
本作が影響を受けた日本のアニメ
ダニエルズはインタビューで影響を受けた日本のアニメにも言及しています。
それが、『もののけ姫』、『千年女優』、『パプリカ』、『MIND GAME マインド・ゲーム』などです。
さすがオタクだけあって日本のアニメも結構観てますね。
今敏の『千年女優』なんかは現実世界と女優になった世界を行き来する世界観は近いものがあります。
湯浅政明の『マインド・ゲーム』もそのぶっ飛んだ展開は、こんなのもアリなんだという限界突破な感じに影響を受けているのが分かります。
最後に
なんだか色々書いてみましたが、どこまで整理できたのか。
後から書き加えたくなるかもしれませんが一旦は整理できたと思います。
noteを書く上でも2回観たのですが、色々整理した上で観る2回目の方が良かったです。
冒頭から泣けてくるし。
とにかく情報量が多いので、1回目では正直理解が追いつかなかったです。
こういうの1回観ただけで分かっちゃう人ってすごいです。
アカデミー賞前には書きたいと思ってたので間に合って良かったです。
これで全力でアカデミー賞で応援できます。
本命とは言われつつ、とにかく受賞してほしい!
ミシェル・ヨー(主演女優賞)、キー・ホイ・クァン(助演男優賞)、そして作品賞に監督賞。
アジア系で主要部門を席巻してほしいと思いました。
そしてこの映画をちゃんと理解するために、2回観ることもおすすめします。もう一度映画館へ足を運んでみてはいかがでしょうか。
最後までありがとうございます。