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文房具メーカーに就職したかった編集者が担当した、念願の「万年筆小説」

新卒で出版社に入って、はや十数年。
本を編集したり届けたりしていますが、じつは出版社に入るつもりはありませんでした。

就活時に目指していたのは、文房具業界。
そうです。シャープペンや消しゴムやクリップなど、文房具にまつわる仕事をしたかったのです。

★先にお伝えしておきますが、今回の記事を一言で説明すると、
「編集担当した新刊が出たから、みんな買ってね!」
というテーマになります。全力の番宣です。よろしくお願いいたします。

どうして文房具だったのか。

それはもちろん「文房具」が大好きだったからです。時に上品で、時にスタイリッシュで、時にかわいくて。
コンパクトなのに機能的だったりもして、遊び心のある「モノ」に惹かれたところがありました。

また、「物語を書く」ことに携わりたい気持ちもあったんです。
なんだかんだ昔から一番好きなのは「小説」で、でも好きなことを仕事にすると不幸になりそうだし、本気でマスコミを目指す人たちのようにスクールに通ったり勉強しているわけでもない。
そんな自分が、出版業界以外で物語づくりの延長に関われるとしたら、物語を紡ぐための道具なのかなと思ったのです。

もちろん今は物語づくりもキーボード打ち込みがメインですが、編集者がゲラに鉛筆入れたり、作家さんが赤字で修正したりします。
時代が変わっても、「手で書く」という行為はなくならない気がしていて、それを少しでも快適にできるお手伝いがしたいなあと考えていました。

だから初めてエントリーシートが通過して面接を受けたのは、ゼブラさん。ほかにも三菱鉛筆さんやコクヨさんやぺんてるさん……
残念ながら筆記具メーカーから内定は出ませんでしたが、大好きだった文房具メーカーの社屋に行けたのは、いまでも嬉しい想い出です。

それが結局は出版社に潜り込んでしまったので、人生は何が起きるかさっぱりわかりませんが、ともあれ入社前から「文房具が大好き」という想いをずっと心に抱き続けてきたことは間違いありません。

そんな僕が抱いてきた、文房具への愛と、物語への愛。
この二つが結実した、愛が深い小説があるんですな~。
しかもなんと! 今月文庫になりました!
(はい、宣伝パート入ります!)

その作品とは、
蓮見恭子さんの『神戸北野メディコ・ペンナ 万年筆のお悩み承ります』
万年筆調整店を舞台にした、心に染みる物語です。

<内容紹介>
「あなたの人生が変わります 万年筆よろず相談」。そんな看板を掲げるお店「メディコ・ペンナ」は万年筆の調整を手掛けている。ミニチュアの洋館に似た佇まいをしており、店主は年齢不詳でもしゃもしゃした白髪の男性。物語から飛び出したような浮世離れしたお店には、万年筆の購入や修理のためにいろんなお客がやってくる。それだけではなく、願いや悩みを抱いている人たちも、人生を変えるためにお店を訪れるというが――。

鉛筆、シャープペン、消しゴムに定規……。文房具はどれも好きですが、万年筆は特別。
構えから漂う重厚感や高級さ。アイテムにもよりますが工芸品かな?と思うような精緻な造りをしているものもあり、安易に手を出せないもの……という印象を持っていた筆記具です。
はじめて手にしたのは大学生だったでしょうか。使うあてもないのに背伸びがしたくて、大学の生協で校章入りの万年筆を買った記憶があります。
買ったはいいものの使う機会もなく、ろくにメンテもしていなかったので案の定すぐにペン先が詰まってしまいましたが、それでも大人の階段を少しだけ上ったような気がしました。

ちゃんと使うようになったのは、会社に入って編集者になってから。
編集部に異動したてのとき、先輩から「作家さんへのお手紙は万年筆で書くんだよ」と教えてもらったのです。
公文書はボールペンも使えるはずですし、なぜ万年筆のほうがいいのか実はちゃんと知らないのですが(恥ずかしい)、心を込めるという意味でも、いまだに特別なお手紙は万年筆を使ってしたためています。

これは個人の感想ですが、
上記で述べた通り、万年筆って重厚感や高級さ、芸術的な美しさがあります。ピンキリとはいえボールペンに比べると値段もお高めなので、筆記具の中でも「大切な一本」として長く使う傾向があります。
さらにインクを入れ替えることができるし、ペン先も書き味に馴染んでいく。
ずっと大切にするオンリーワン筆記具ですし、使うシーンも日常使いというより特別な場面が多いわけです(普段使いする人もたくさんいらっしゃると思うので、これは完全に僕の使い方の話です)
それこそ作家さんへのお手紙や、普段言葉にしない親への気持ちを綴ったメモであったり、誰にも見せたくない日記であったり。
そういう心の秘め事を文字で写し出すのにぴったり筆記具が、万年筆なのではないでしょうか。

つまりなにが言いたいかというとですね。

「万年筆には、沁みるドラマがよく似合う」
ということです。

『神戸北野メディコ・ペンナ』著者の蓮見恭子さんは、緻密な取材を物語に落とし込むのが非常にうまい作家さんです。
この作品でも万年筆について深く取材をしてくださったので、万年筆好き、インク沼の人たちが読むと目を輝かせるシーンや描写ばかり。
まさに文房具好き(特に万年筆好き)は必読の一冊と言い切っても過言ではありません。

そして、そこに見事に融合した登場人物たちのドラマ。

本書のドラマはけっして単なるほっこりではありません。
それぞれの登場人物が心に苦い想いを抱えていて、それらは簡単に解消できるものではないのですが、万年筆というツールをきっかけに足を前に踏み出す希望を描き出してくれています。
人生とは現実とはそんなに簡単じゃないけど、きっと希望はあるし誰かがちゃんと見てくれている。
そんな力強いメッセージをくれる物語です。

ここまでタラタラ書いてきた通り、僕は文房具と物語をこよなく愛する人間なので、万年筆に関わる小説を作れたのは本当に嬉しかったです。
小説って面白いし、万年筆って素敵だよ!ということが伝わる本だと思っておりますので、少しでも興味を持ってくださった方はぜひお手に取ってみてください。

※ちなみに本書は単行本版が2年前に刊行されています。
文庫版と内容はほとんど変わっておりませんので、すでに単行本でお求めの方はご注意くださいませ。




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森潤也|文芸編集者
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