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編集者として「著者」にはじめて会う。その時かけてもらった言葉に、今も支えられている

僕が編集者としてはじめて手掛けた本は、やなせたかしさんの『わたしが正義について語るなら』
その本についての想いは、以前に記事を書きました。

『わたしが正義について語るなら』という本は、既に刊行されていたYAを新書で出しなおす企画なので、ゼロから立ち上げた本ではありません。やなせさんもお亡くなりになっており、著者に企画を打診してゼロから作る、という本ではなかったのです。

僕がはじめて企画を依頼して、はじめて著者にお会いした本。
それは宗教学者である鎌田東二さんに書いていただいた『歌と宗教』という新書です。


お経とは歌のような旋律で紡がれますが、古来より歌と宗教は密接に繋がってきました。歌という存在はどこからきて、なぜ宗教と融合していったのか……。
そんなことをジャンルにとらわれない宗教学者として知られる鎌田先生に解き明かしてもらった本です。

いまの僕には想像もつかぬ硬派な本ですが(本当は、こういう本が大好きなんです)、鎌田先生が分かりやすく、しかしユニークな切り口で宗教学を語ってくれており、すごく面白い本なのです。
自分の力不足のせいで今は絶版になってしまいましたが、もっとたくさんの人に届けたい本でした。

※※

はじめて、著者に会う。

それはめちゃくちゃ緊張と不安があるものです。
こちらは編集者になりたてのペーペー。
編集者としてキャリアを積めば「こういう本を作ってきました」と伝えることができますが、まだなんの実績も裏付けもありません。
頼りは会社の名刺くらいですが、当時は新書レーベルが立ち上がったばかり。自分自身が新人なうえに、執筆をお願いしたいレーベルも新人という有様で、鎌田先生からすると「本当に大丈夫かなあ」と不安を抱かれてもおかしくない状況でした。
加えて僕は極度の緊張しいなので、お会いするまでの数日間はずっとドキドキしていた記憶があります。

そして当日。
ついにお目にかかって、企画について熱く説明して。
いかがでしょうか……と恐る恐る尋ねたところ。

鎌田先生は、じっと僕の顔を見たあと、「やりましょう」と即答してくれたのでした。
それはもう、あっけないほどに。

それから、にこりと笑って、こう言葉を継がれました。
「あなたが持っている雰囲気は、〇〇さんによく似ている。○○さんとはいい仕事をさせてもらったから、あなたともいい仕事ができそうだと思ったんです」
(※〇〇さんとは非常に有名な編集者の方で、恐れ多いのでお名前を出すことは伏せておきます。)

※※

あれからずいぶん経ちました。
編集者として時を重ねるにつれ、あの時かけてくれた言葉が、心の支えになっていることを感じます。

「あなたが持っている雰囲気は、〇〇さんによく似ている」に何の根拠もありません。
でもなんと言いますか、そんな「あなたなら大丈夫だよ」という言葉こそ、勇気と自信をくれる気がするのです。

自分の立てた企画で、満足いくヒットが出せるまで2年半くらいかかりました。
僕は自信をどこかに置き忘れて育ったタイプなので、その間ずっと、「自分は編集に向いてないんじゃないか」とうじうじ悩み続けたものです。
でもそんな時に「でも、○○さんに似てるっぽいから大丈夫じゃないかな」と思えることができて、なんとか踏ん張れました。

僕のように自信のないタイプの人間は「根拠のない自信」を自分で生み出すことが難しくて、他者から与えられないとなかなか醸成されないところがあります。
いまだに「編集に向いてないな」と思っていますが、なんだかんだ続けられているのは、あのときの言葉が根拠のない自信となって心を支えてくれているからでしょう。

初めての企画を受けてくれたこと。そしてお守りとなる言葉をくれたこと。
鎌田先生にはいつまでも感謝しかありません。本当にありがとうございました。

僕が支えてもらったように、誰かに根拠のない自信を与えられるように。
そしてなにより、会ったことのない誰かがどこかで「森さんと似ているからやりますよ」と言ってもらえるように。

ひたすらに精進しないといけないなあと思うこの頃です。

★★★

<最近読んだ本>
舟津昌平さん『Z世代化する社会
管理職の端くれとして日々悩んでいる問題の一つなので、共感と納得感を持って読みました。そのうえでどうしたらいいのかは、まだ分かりません



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