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本の「見返し」は隠れたセンスの見せ所
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突然ですが、質問です。
この「本を開いた部分」は、なんという名前かご存じですか?
右のほうにカバーの袖が見えていますが、そこではありません。黒いザラザラした紙の部分です。ここ、カバーでも表紙でもない名前がついてるんですよ。
…
……
………
この「本を開いた部分」は「見返し」と呼ばれています。
「表紙と本文を繋げて補強するため、表紙の内側全面に貼り付ける紙」のことでして、要するに本のカバーと中身をくっつける補強の紙ですね。
一見カバーの裏側に見えますが、実はここには特別な紙が貼られているんです。
本文は何百ページもある紙の束なわけで、外れないよう表紙と合体させないといけません。
ハードカバーの本では製本上必須で、本を開いたところに必ず見返しの紙がくっついています。
ちなみにソフトカバーは見返しがなくても製本できるので、本によっては見返しがなく、表紙の裏側がそのまま見えている本もあります。
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「見返し」は、本の強度を強めるためのものですが、「本」という総合芸術の中の一つのパーツでもあるので、デザイン性にもこだわっています。
見返しの紙を選ぶのは基本的にデザイナーさん。
紙の色や素材。選び抜いた紙を見返しに使うことで、本を開いた瞬間の感動体験をふくよかにしてくれるのです。
本を開いてまず目に入るのは、扉でも目次でもなく、実は見返し。
読書の邪魔をしてはいけないし、本の世界から逸脱した雰囲気もよくありません。本の世界のイメージがより広がるように、調和と個性を出す紙が選ばれています。
見返しは単なるカバーの裏側と思われがちで、気づかれにくい箇所です。
しかし隠れた見返しにもデザイナーさんのセンスが詰まっていて、意外とバリエーションに富んでいるので、ぜひ注目してもらえると嬉しいです。
では、どんな見返しがあるのか、我が家の本棚から紹介していきましょう。
※念のため補足
すぐに本の中に入ってもらうため、わざと見返しを付けない場合もあります。そのほかの事情で見返しをナシにすることもあるので、見返しが付いてるから良い……というわけではありません。見返しがないのもデザインの一つなのです。
①『カフネ』
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まずは阿部暁子さんの『カフネ』。
食と心の再生が描かれた感動作ですが、見返しはこちら。
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シンプルな白い紙……と思いきや、よく見てください。
質感がしっかりした、特殊な紙が使われています。布っぽさもありますね。この質感を引き立たせるための白なのでしょうか。
料理が大きくかかわる物語なので、テーブルクロスを意識して選ばれているのかもしれません
※デザイナーさんや編集者さんがどのような意図で見返しを選ばれたのかは存じ上げません。あくまで僕の想像を書いているだけなので、ご了承ください。
造り手の意図もあれば、受け取り方の解釈もあります。読み手それぞれでも見返しから受けるイメージは異なると思いますし、その自由さを楽しんでいただければと思います(以下の本も同じ)
②『音叉』
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僕は出版界屈指のアル中(THE ALFEEファンのこと)を自認していますが、永遠のリーダー高見澤俊彦さんの初小説『音叉』。
見返しはこちらです。
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『カフネ』と同様にシンプルな白……と思いきや、違います。この本も質感に特徴があってツルツルしています。白というより白銀のような光沢があり、光を当てると鈍く輝きます。
このシルクのような紙は、高見沢さんご自身をイメージされているのかもしれませんね。
③『わたしの美しい庭』
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僕が編集を担当した、凪良ゆうさんの『わたしの美しい庭』。
写真は期間限定の冬カバーですね。クリスマスも近いので、書影はこちらで。
マンション屋上にある縁きり神社が舞台で、全本好きのみなさん読んでくださいって感じの素晴らしい小説なんですが、見返しはこう。
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めちゃ素敵じゃないですか? ツタのような模様が入っていますが、これ、こういう紙なんですよ。
クリーム色の柔らかな雰囲気に、植物を思わせる風合い。
カバーにも描かれていますが、マンションの屋上は美しい庭園があります。見返しからその庭園の空気を感じますね。
④『みんなを嫌いマン』
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献鹿狸太朗さん『みんなを嫌いマン』。
僕の中で2024年のベスト表紙の本ですが、このインパクトの強さよ。ビカビカの蛍光イエローもすごいし、訴えかけるような二つの眼。
本屋さんで目を引く表紙とは、この本のためにある言葉だと思います。
見返しもまたいいんですよ。
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蛍光イエローのカバーを開くと、鮮やかな朱色。真っ赤というよりも少しピンク味がかっています。
差し色のような配色センスも見事ですが、この紙も独特の質感があります。爬虫類の皮膚のような、内臓のような……。よく見るとグロテスクっぽさもあります。
ネタばれになるので書きませんが、この本を読み終えてから見直すと、「これってもしかして……」と思い当たるイメージがあり、気づいたときに身震いしました。気になる人はぜひ読んでみてください。
⑤『ヴォイド・シェイパ』
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最後は森博嗣さんの『ヴォイド・シェイパ』。
森博嗣さんは凝った造りの本が多いですが、この本の見返しも素敵です。
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本を開くと、なんとフルカラー! 山の遠景が一望できます。
表紙の絵から繋がる絵で、なんといいますか、どこかの山頂からぐるりと辺りを見渡しているような。そんな晴れ晴れした気持ちになります。
そう、見返しって紙なので、絵や写真を印刷することもできるんです。そのぶん印刷費などのコストがかかるので、見返しに印刷することはあまりないのですが、この本を見てしまうと見返し印刷がやりたくなりますね……。
※※
はい。そんなわけで、「見返し」の世界はいかがでしたか。
手触りや風合いに凝っていたり、差し色として全体を締めていたり、物語のメタファーになっていたり。
シンプルな紙の中にいろんなセンスとたくらみが詰め込まれています。
デザインって楽しいし、ブックデザイナーさんってすごいですよね。ほんと。
物語の楽しみを膨らませるもよし、読み終えてから意図を想像するもよし。
時には「見返し」にも注目しつつ、読書を楽しんでください。
★★★
<最近読んだ本>
pha『どこでもいいからどこかへ行きたい』
何もかも放り投げて、目的もなく予定もたてぬまま、どこでもいいからどこかへ行きたい。
そんなことをずっと思っています。
phaさんのつれづれ旅にまつわるゆるーいエッセイ。
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