情報モラルと情報活用能力の新たなフレームワークについて〜デジタル・シティズンシップの観点から〜
2023年12月12日、文科省による「情報活用能力に関する意見交流会」にて、デジタル・シティズンシップの観点から情報モラルおよび情報活用能力に関する見解を報告しました。その内容を紹介します。
デジタル・シティズンシップ教育をめぐる状況
デジタル・シティズンシップ教育をめぐる状況として、4つのことをお話しします。1つ目は総務省のICTリテラシー政策の動向。2つ目は世界のデジタル・シティズンシップ政策の動向。3つ目は偽情報に対する「横読み」について。そして最後にデジタル・シティズンシップ教育の内容について簡単に解説します。
総務省のICTリテラシーについては、2022年6月に発表されたICTリテラシー向上施策研究会によるニセ・誤情報のための啓発教材および「メディア情報リテラシー向上施策の現状と課題等に関する調査結果報告」が重要です。この研究会は偽情報に対抗する世界中の政策を調査し、総務省にユネスコのメディア情報リテラシーとデジタル・シティズンシップのコンセプトの導入を提言しています。
国際大学GLOCOM「Innovation Nippon わが国における偽・誤情報の実態の把握と社会的対処の検討報告書」によって、メディア情報リテラシーが高いほど偽・誤情報を拡散しにくいことが明らかになったことが大きな影響を与えました。この研究調査結果は令和5年版「情報通信白書」にも記載されてます。
そして、2023年6月には「2030 年頃を見据えた情報通信政策の在り方」 答申が出され、デジタル・シティズンシップの考え方を取り入れることが書かれています。同時に、ICT活用のためのリテラシー向上に関する検討会による「ICT活用のためのリテラシー向上に関するロードマップ」が発表されました。ICTリテラシーという用語が使われていますが、中身はメディア情報リテラシーとデジタル・シティズンシップです。
このロードマップにはデジタル・シティズンシップ政策の法的根拠がデジタル社会形成基本法であることが示されています。
同法第3条には次のように書かれています。
ロードマップでは、デジタル・シティズンシップ政策は世代セグメントごとの対策を進めること、とりわけ青少年、子育て層、高齢者を優先することが示されました。
総務省所管のマルチメディア振興センターはe-ネットキャラバンのウェブサイトを改訂しましたが、そのサイトには次のように書かれています。
また、国際大学GLOCOMによって、保護者向けデジタル・シティズンシップ啓発教材やモデルプログラムの開発も行われ、公共図書館での実証ワークショップも行われています。
偽情報に対抗する「横読み」
世界中で偽情報が問題となっています。つい最近もG7 の
生成AIに対する包括ガイドラインの中に偽情報対策教育の必要性が議論されたと報じられました。欧州議会は、2018 年に「改正視聴覚メディアサービス指令」を出しました。欧州連合に加盟している国は3 年ごとにメディアリテラシー教育の成果を報告しなくてはなりません。
ファクトチェックの必要性も指摘されることが多いのですが、ファクトチェックは簡単ではありません。私も授業で学生にやらせていますが、大学生でも難しいのです。ファクトチェックでは、「事実言明」を抜き出して検証しなければならないのですが、そもそも事実と意見を区別することでさえ、大学生はつまずいてしまいます。
欧米での中等学校や小学校では、ファクトチェックそのものをやらせるのではなく、ファクトチェックのテクニックの一部である、ラテラルリーディング、すなわち「横読み」を教えることが基本です。
私は小学校や中学校、大学の授業で一つのテストをときどき行っています。このテストはスタンフォード大学歴史教育グループが2016 年に全米で調査した問題の1 つです。左上の図を見てください。奇形のヒナギクの写真が載っていますが、それを見て放射能の影響と言えるかどうか、その理由も書かせるというものです。
2020 年に法政大学付属中学校で行った事例では、マスターレベル(強力な証拠を認めず、情報に対して疑問を持つ)に達している生徒は217 人中たった3 人しかいませんでした。大学生を対象にして行っても、結果はあまり変わりません。大学生でも情報源を確認するという基本的なことがほとんどできていないのが実態です。これの事例を見ればわかるように、内容をじっくり見ても真偽は分かりません。
そこで、スタンフォード大学歴史教育グループは「横読み」と呼ばれる方法を開発しました。この「横読み」の有効性には、エビデンスもあります。9 月24 日、NHK BSで「ディープフェイクの衝撃」というドキュメンタリーが放送されました。この番組では、カナダのトロントの小学校で、生成AI によるディープフェイクを「横読み」を通じて考えさせる授業が紹介されています。
情報モラルとデジタル・シティズンシップ
さて、デジタル・シティズンシップの話に戻りましょう。まず考えなければいけないのは、情報モラルや情報活用能力について考える場合に、まず学習指導要領の前文に書かれている「持続可能な社会の創り手」の育成、つまりESD の観点が重要だということです。地球規模の課題を自分ごととして捉え、その解決に向けて自ら行動を起こす力を見つけることがESD の基本です。では、どのように考えればいいのでしょうか。
上図の左側を見てください。中学校の学習指導要領の「道徳」「指導計画の作成と内容の取扱い」には、「社会の持続可能な発展などの現代的な課題の取り扱いにも留意し、身近な社会的課題を自分との関係において考え、その解決に向けて取り組もうとする意欲や態度を育てるよう務める」と書かれています(中学校学習指導要領、p.142)。つまり、情報モラル、情報社会で適切な活動を行うための元となる考え方の基本にESD が位置づいているということを確認することが大切です。
このように考えると、上図の一番右にあるESD、つまり学習指導要領の理念につなぐことができます。ただ、情報モラルは考え方や態度であり、スキルではないために一足飛びには繋がりません。その間にある資質と能力を育てる必要があります。ユネスコのデジタル・シティズンシップのフレームワークでは、デジタルリテラシー、安全とレジリエンス、社会参加、尊重と共感、創造性と革新力といった5つの要素があります。
具体的に教材にする場合には、コモンセンスの6つの領域がわかりやすいでしょう。すなわち、メディアバランス、デジタル足跡とアイデンティティ、プライバシーとセキュリティ、人間関係とコミュニケーション、アップスタンダー教育、メディアリテラシーなどです。こういった具体的な教材を通じて、資質・能力を育成し、それを最終的にESD に繋げていくということが大切です。その場合に留意しなければいけないことは、社会に開かれた教育課程、カリキュラムマネジメント、ホールスクールアプローチです。(ESD推進の手引」2018)
文科省は2021 年に第2 期ESD 実施計画を公表しています。この計画では、ESDをSDGs に繋げることがめざされています。前述したように、情報モラルには情報社会への参画が示されており、それをさらにESD に繋げるためにはデジタル社会形成基本法の理念を踏まえることが大事です。その土台となっているのが、この第2 期のESD 実施計画なのです。ここには、GIGA スクール構想についても触れられており、持続可能な社会の創り手の育成にICT 活用が大事だと書かれています。
探究学習と協働的な学び、デジタル教育の結合
私は、さまざまな講演会でいろいろな質問を受けますが、その一つが個別最適な学びと協働的な学びをどのように接続するべきかという質問です。さまざまな資料の中に答えは書いてあります。それを丁寧に説明すればいいのです。
まずは、「個別最適な学びと協働的な学びの一体的充実に関する参考資料」の中に、個別最適な学びの成果を協働的な学びに生かし、更にその成果を個別最適な学びに還元する
と書かれています。さらに持続可能な社会の創り手となることができるように育成することが求められるとも書かれていることを確認しましょう。
だから最終的な目標はやはりESD にあるわけですが、ESD の根幹にあるのが探究学習なのです。ESD では協働的学びと探
究学習のプロセスを螺旋で表現します。(例えば、高校編「今、求められる力を高める総合的な探究の時間の展開未来社会を切り拓く確かな資質・能力の育成に向けた探究の充実とカリキュラム・マネジメントの実現」(2023年3月、p.24)
PISA 2022 の結果から、日本の子どもは探究的な学習が苦手だということがわかっています(朝日新聞 2023.12.6)。探究学習では、まず個人の興味関心から一人ひとりの探究課題を一人一人が見出さなければなりません。探究学習を英語にするとInquiry based learning です。疑問を投げかけることが基礎となりますが、その疑問を持つことに十分な時間をかける必要があります。
デジタル時代では、情報の信頼性を評価する批判的思考力がなければ、探究学習はできません。残念ながら、ユネスコスクールを含め、学校現場では信頼できるかどうかわからない情報をまとめて発表させる学習が数多く見受けられます。探究学習として大きな課題となっています。
また、協働学習については、2011 年に文科省が公表した「教育の情報化ビジョン」に書かれている内容を紹介しましょう。この報告書には、「異なる背景や多様な能力を持つ子どもたちがコミュニケーションを通じて協働して新たな価値を生み出す教育を行うことが重要になる」と書かれています(p.4)。文科省の「ESD 推進のための手引」にも同様のことが書かれています。
自分たちとは異なる他者や地域、他校、それから異文化、外国といった人たちとの出会いが社会に開かれた教育につながることを考えると、探究的な学習とデジタル学習をこのような考え方で統合しなくてはならないということになります。実際に、私たちが行っていることの1つは、ホールスクールアプローチ・デザインシートの作成です。学校のすべての構成員によって、真ん中に基本的な考え方、ビジョンを書き、左上には学校の運営、左下に学習環境、右上には教室内外の学び、右下には地域や世界との連携を記載し、そして具体的なアクションをその周りに記載します。その上でESD カレンダー、つまりカリキュラムマネジメントを行います。(詳しくは「How to Promote ESD ―ESDの取り組み方― vol.5 学校全体で取り組むESD ホールスクールアプローチ」を参照してください。)
情報モラル(デジタル・シティズンシップ)と情報活用能力
情報モラルとデジタル・シティズンシップの関係についてはいろいろな意見がありますが、まず、デジタル・シティズンシップが基本的な概念であることを確認する必要があります。上の図では「情報モラル」に括弧をつけて「デジタル・シティズンシップ」と記載しましたが、もし情報モラルをデジタル・シティズンシップと読み替えるならば、情報モラルは情報活用能力のコアだと考える必要があります。
(私自身は、情報モラルはデジタル・シティズンシップの一部だと考えています。しかし、現在の文科省の政策にはデジタル・シティズンシップという用語がないため、あえて「情報モラルをデジタル・シティズンシップと読み替えるならば」と書いています。下の図は私が講演で使う「デジタル・シティズンシップのラッパ」と呼ばれる図です。)
情報モラルの英語訳は、現行の学習指導要領英語版によると「Information Ethics」となっています(中学学習指導要領仮英訳版総則 p.4)。以前は「Information Morals」と訳されていました。最近は英語圏でも「Information Ethics」という言葉もあまり使わなくなり、「Digital Ethics」という言葉を使うことが多くなっています。一般に、Digital Ethicsは、Digital Citizenshipの一部とみなされているため、情報モラルを「Digital Citizenship」と言い換えることもできるかもしれません。
そう考えると、情報モラル、すなわちデジタル・シティズンシップは情報活用能力の上位概念に位置付けなくてはならないということになります。そして、道徳における情報モラルの概念、つまり「持続可能な社会の発展のために、身近な社会的課題を自分との関係において考え、その解決に向かう態度」という視点がここに含まれることになるでしょう。
そして、「情報モラル(デジタル・シティズンシップ)」の下に資質・能力、いわゆるコンピテンシーと呼ばれるものが入ってきます。そこにはデジタルリテラシーや、メディア情報リテラシー(偽情報を見分ける力など)、安全とレジリエンスが含まれます。ちなみに、国際的なデジタルレジリエンス研究の成果によると、デジタルレジリエンスは、デジタルを避ければ避けるほど身につかない、つまりデジタルに触れないと身につかないと言われています。さらに、社会参加、他者の尊重と共感、創造性と革新力、こういったものが必要になります。
そして、もう1 つ大事な視点が批判的思考力です。上のピラミッドの図では土台に位置づいています。「初等中等教育段階における生成AI の利用に関する暫定的ガイドライン」にも批判的思考力や「ファクトチェック」の重要性について言及されています。
学校教育法の基本目標の中には「健全な批判力の育成」と書かれていることを思い起こすべきでしょう(64条の3)。もう一度、学校教育法の原点に戻って、健全な批判力をどのように身につけるかということを土台に据えていくことが大事だと思います。
具体的にはいろいろな方法を考えなくてはならないのですが、例えば怖がらせる教育の方法・ダメダメ教育から励ます教育への転換です。海外では2010 年代にそのような転換が行われましたが、さまざまな研究成果の結果、従来の教育方法には限定的な効果しかないということが分かったからです。こうして、世界的にエンパワーメントの教育への転換が進みました。
そして、もう1 つ重要な視点が「アップスタンダー教育」です。2023年の5 月にNHK スペシャル「いじめから逃げない 3 年2 組の挑戦」は、大阪府吹田市のいじめ予防教育を取り上げたものです。吹田市は2010 年代に大きないじめ事件がありました。その反省を踏まえて検討した結果、いじめ予防教育を行うことになり、海外のいじめ予防の教育の考え方を取り入れています。
この番組自体には「アップスタンダー教育」という言葉は出てきませんが、内容自体はアップスタンダー教育といってもよいでしょう。そして、吹田市はその政策の延長線上にデジタル・シティズンシップ教育を取り入れ、ネットいじめにも対応しました。ネットいじめ問題は非常に深刻であり、今のいじめの問題はほとんどネットと関係していると言ってもいいと思います。
GIGA×ESD〜デジタル時代のユネスコスクール
今までお話したように、ESD を中心的に担っているユネスコスクールにとってもデジタル教育が重要であり、GIGA スクール構想とどのように結びつけるかという課題があります。第2 期ESD 推進計画にもGIGA スクール構想が位置づいていることを考えると、いかにしてユネスコスクールの中にGIGA スクール構想を導入し、そしてESD に生かしていくかということを考えなければなりません。
2024年1 月20 日にはユネスコスクール全国大会が行われる予定ですが、ここで初めてデジタル教育の分科会を開催することになりました。テーマは「GIGA×ESD〜デジタル時代のユネスコスクールを考える」です(×はバイと読みます)。そして、ユネスコの「グローバル・エデュケーション・モニタリング・レポート 2023~教育におけるテクノロジー」を取り上げる予定です。
今年、ユネスコは教育テクノロジーをテーマにした世界的な調査を行い、その報告書を夏に出しました。そして、つい最近、ユネスコアジア文化センター(ACCU)が日本語概要版を出しています。この概要版には世界のデジタル教育の状況とその課題や今後の方向性が示されています。
この報告の後に、文部科学省にGIGAスクール政策の現状について話していただき、私はユネスコのデジタル教育政策の話をしたいと考えています。そして、デジタル教育に取り組んでいるユネスコスクールの実践報告があり、最後に「デジタル時代のユネスコスクールを考える」をテーマとしたパネルディスカッションを行う予定です。
これまでお話ししたように、ESDやデジタル・シティズンシップは重要な考え方であり、どちらもユネスコの政策であり、そして政府の政策でもあります。これらは学習指導要領の基盤であることを、情報活用能力や情報モラルを考える際には、忘れないようにしなくてはならないと私は考えています。
参考文献
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