
「僕は壊れてく。助けて」
あのとき、あの人の、キラーパス。
『認知症の人たちの小さくて大きなひと言 〜私の声が見えますか?〜』(監修=永田久美子、発行=harunosora)という書籍には、認知症の人が吐露した、たくさんのつぶやきや言葉が綴られています。
それは、どんなとき、どんな理由で発せられたのでしょうか。
また、周囲の人は、それを聴いたとき、どう思い、何を感じたのでしょうか。
本書から抜粋して紹介します。
p.14より
「僕は壊れてく。助けて」
金子智洋さん(63歳・男性・東京都)
<以下、妻・金子節子さんによる回想>
2012年夏、夫の希望で岩手の私の実家へ帰省することになりました。
パーキンソン症状が進むなか、新幹線での二人旅。これが夫との最後の旅行となりました。
田舎の人情と美味しい空気に和んでくつろいでいたある朝、それは起きました。
リビングのいすに縮こまって、いつになく不安そうな表情の夫。
「どうしたの?」と声をかけると、「ぼくは壊れてく。収拾がつかない……、人間が150人くらい次から次へ現れて消えない……。おまじないが効かなくなった。助けて」。
レビー小体型認知症による幻視です。
忍耐強い夫が初めて肩を震わせて泣きました。
私はかける言葉がなく、抱きしめてあげるしかありませんでした。
二人で涙を流して、やっと出た言葉は「大丈夫だよ。あなたがどんな姿になっても、あなたに変わりはないから。いつもそばにいるから……」。
確かな根拠があったわけではないけれど、なんとか切り抜けてみせるという強い覚悟が生まれました。
同時に、「神様、私のいのちを夫に分けてください。どうか安らかで平穏な時間をできるかぎり長く夫に与えてください」と祈り続けました。
『認知症の人たちの小さくて大きなひと言 〜私の声が見えますか?〜』(監修=永田久美子、発行=harunosora)