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Motivator構想の「現在地」

Motivator構想は、2023年4月、「私の野望:一人の社会起業家との出会い」という記事をきっかけに発信するようになった。その際、私が、Motivator構想に込めた願いは、

知的障害のある人(Motivator)による「語り」(セルフ・アドボカシー)が、組織の中に「対話」と「共感」を生み出し、インクルーシブな職場づくりに貢献する

であった。私が、豪州で経験した知的障害のある人のセルフ・アドボカシー活動を日本でも実現したいという想いと、知的障害のある人の語りから、その想いに触れてもらう機会をつくることで、「知的障害」を知る人たちのすそのを広げていきたいと思ったのだ。この記事では、1年半の私自身の思考と活動を振り返り、3つのアップデートを書き綴っていきたい。


①セルフ・アドボカシー活動とMotivatorの関係性

1つ目が、日本ではまだ馴染みのない「セルフ・アドボカシー」活動についてである。「セルフ・アドボカシー」は、先行研究にて多様な定義がされているが(三谷・古屋 2004)、私が豪州で出会ったセルフ・アドボカシーの団体では、

セルフ・アドボカシーとは、自分自身のために発言することだ。
セルフ・アドボカシーは、自分の人生を左右するような選択や決断に対して、自らコントロールし、その影響力を手に入れていくために大切になる。

VALID(2024)「VALID Self advocacy」

と定義している。つまり、私たちが、自分の人生をより豊かにするために、あらゆる意思決定の場面で、自ら選び、自ら決断していけるようになることがセルフ・アドボカシーの一番のアウトプットである。

日本でも、豪州ほどの盛り上がりではないものの、知的障害のある人のセルフ・アドボカシー活動(例:ピープルファーストジャパン)は行われてきた。これらの当事者活動が身体障害、知的障害、精神障害、それぞれの文脈で組織的に行われてきたからこそ、障害のある人の権利が守られ、社会がより豊かで優しい社会に進化してきたことは間違いない。まさに、国連の障害者権利条約のスローガン「Nothing about us, without us」の実践が歴史を作ってきたのだと思う。Motivator構想も、私自身が豪州のセルフ・アドボカシー活動に関わったからこそ、当事者主体の精神がルーツにはある。

しかし、私は、セルフ・アドボカシーを実践するMotivator1人ひとりが、「アクティビスト(活動家)」になることは目指してはいない。なぜなら、障害だけに限らず、育児や介護、治療と仕事の両立支援等々、多様なニーズを持ちながら働くことが当たり前の時代において、個の要求や主張だけでは前に進めず、まずは、個と個、個と組織、互いの物語から違いを知りあうプロセスが欠かせないと思うからだ。その上で、お互いにとって歩み寄れる範囲を選択、決定しながら、時に双方が覚悟をもって決断して新な道を切り拓いていくことが私たちに求められていると思う。

そして、多様な個が働く時代だからこそ、セルフ・アドボカシーは、障害のある人だけでなく、私たち一人ひとりが身につける自己表現のスキルであり、自己表現を起点とした双方向のコミュニケーションに他ならない。つまり、私が思うMotivatorとは、障害の有無に関わらず、セルフ・アドボカシーを発揮して、「自分」を表現するすべての人をさしている。

もっと言えば、Motivator構想における「セルフ・アドボカシー」とは、

私たち一人ひとりが、自分だけの「物語」を語ることだ。
自分の「物語」を他者に語り、それを耳にした人が「感じたこと」や「気づいたこと」、場合によっては自分の「物語」を相手へのリスペクトをもって語り返してくれる
そして、安心安全な対話の場で、互いの想いを交換するからこそ、お互いに選び、選ばれながら、新たな協働の道を拓いていく。

そんな「自分」を表現しあう場こそが、インクルーシブな職場づくりには欠かせないと思っている。その意味で、「Nothing about us, without us」は、障害領域だけに留まらず、すべての人の可能性に蓋をしないために、忘れてはならない共通テーマとも言える。その場を通じて、私たちは、目の前の人に対して、想像力を発揮できるようになるし、多様性の意味を理解できるようになるのだと思う。だからこそ、Motivator構想では、誰かを攻撃したり、何かを声高に要求するような文脈で、セルフ・アドボカシー活動を位置づけていない。

②対話と共感が生み出す「つながり」とは?

2つ目の気づき。それは、人と人とのつながりは、対話と共感、つまり、お互いに語り合うプロセスを経ることでしか生まれないということだ。Motivator構想は、最終的に社会に根付く「障害」の記憶を書き換えていく人や企業の集合体を目指している。だからこそ、人と人とのつながりは大事になるが、そのつながりを創出するためには、その人にしか語れない「物語」や「想い」の共有が欠かせない。人と人とが「想い」でつながるからこそ、互いに響きあえて、その場のエネルギーが大きく膨らんでいくのだと思う。

③インクルーシブな職場における「自分らしさ」とは?

Motivator構想を続ける中で、私は「自分らしさ」とは何かを感じ考えてきた。昨年のインタビュー企画においても、「自分らしさ」を発揮できる職場が障害者雇用の「目的地」として語られることが多かった。また、最近、私自身の想いを発信する中で「阿部さんらしいね」という声をかけていただく機会が増えてきた。すごく有難いことであるが、

そもそも「自分らしさ」とは、何だろう?

という問いも生まれた。そして、その問いを思考し続ける中で、「自分らしさ」は、そもそも「自分」の内にあるものではなく、相手との「関係性」の中に宿るものではないか?と考えるようになった。なぜなら、自分一人で一生懸命に考えていても、「らしさ」は立ち現れず、他者と話すこと、関わることで初めて「自分らしさ」が獲得できるのではないかと思ったからだ。そう考えると、セルフ・アドボカシーが大事にしている双方向のコミュニケーションは、語り手、きき手の双方が「自分らしさ」を獲得し、「自分らしさ」に磨きをかけていく活動とも言える。そして、ネットワークが限定的になりやすい障害のある人たちにとって(ジョン・フィールド2022)、セルフ・アドボカシーを通じた人と人とのつながりは、社会の中で暮らし、働く上での強力な武器になるだけでなく、コミュニケーションを苦手とする人たちにとっての生きた体験の場になると思う。

Motivator構想のこれから

現時点では、「障害」をキーワードにしながら、Motivator構想は歩みを続けている。しかし、本来、私たちは自らの「物語」を語り合うことで、隣の人を身近に感じ、ビジネスコミュニケーションをこえた人と人とのつながりを感じられるのだと思う。そして、そのつながりが生まれた時、私たちは素直に喜べるし、間違いなくエンパワーされている。それこそが、私はインクルーシブな場ではないかと思っている。

つまり、Motivator構想は、Motivator一人ひとりの「語り」と「想い」で、人と人とがつながり、その総量によって、

障害のある人は、サポートが必要な人で、職場の中にいると大変な人?
障害のある人は、「障害者雇用枠」でしか働けない?
障害のある人は、仕事が出来ない人?

このようななネガティブな「障害」への社会の記憶をひっくり返し、ポジティブなドミノ倒しを社会に起こしていこうとする活動だ。

Motivator構想の目的地

私は、Motivator構想の目的地にMotivator100の実現を設定している。福祉専門職一人の想いでは、社会の「これっておかしいよね?」を変えていくことが難しいように、一人の「想い」だけでは、社会に根付く「障害」の記憶を変えていくインパクトにはならない。だからこそ、私たち一人ひとりの「想い」と「語り」、そして、そこから生まれる人と人との「つながり」をコレクティブな力に変えて、社会に眠る「障害」に正面から立ち向かい、そのイメージを書き換えていきたいのだ。

Motivator100:セルフ・アドボカシーを起点に、「障害」への記憶を書き変える人・企業の集合体

まだMotivator構想は道半ばである。しかし、2024年から始めた月間インクルーシブトークをはじめ、Motivator100へと続く1つ1つの取り組みから、私自身が学び、集団の力として、「障害」への記憶を書き換えていくソーシャルアクションを日本で興していこうと思う。そして、その先には、きっと、障害だけに限らず、多様な個が協振する社会が待っていると信じている。

参考文献:
三谷嘉明・古屋健(2004)「知的障害を持つ人のセルフ・アドボカシー促進プログラム」名古屋女子大学紀要50,p81-92

ジョン・フィールド(2022)「社会関係資本 現代社会の人脈・信頼・コミュニティ」明石書店


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