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はじめての訳書ー風吹く日の桶屋

 私は日本の大学で基礎から朝鮮語(韓国語)を学び、在学中に韓国で語学研修(3ヶ月)を受けて交換留学生(1年)になりました。いずれも大学の承認は受けたものの単位としては認められないプログラムだったので、求められない限りはプロフィールに書きません。
 専攻は文学でしたが、卒業後は国際税務を中心とする日本の経営コンサルティング会社に就職し、業務の一部として実務翻訳をしています。そのような経歴の人間がなぜ出版翻訳を手がけることになったかについてお話してみたいと思います。 

 当時はドラマや映画による韓流ブームで、ノベライズあるいは原作の翻訳が求められていました。ですが、ノベライズはともかく、原作の翻訳ができる人は限られていました。出版社がいつもお願いしている翻訳者の都合がつかず、「このさい新人を発掘してみようか」ということで白羽の矢が立ったのが私です。
 ……と言うと「大学の推薦か?」と思われるかもしれませんが、成績表を見た主任教授が「(交換留学の推薦状を)書くの、やめようかな」と呟いたくらいなので、可能性はゼロ以下でした。
 話をもちかけたのは、まるで畑違いの職場の先輩です。お連れ合いのサークル(ミステリー同好会)の後輩が編集者で、おいしいもの好きの先輩夫妻の家に呼ばれて手料理をふるまわれながら「誰か心当たりはないか?」と話していたところに偶然、近々先輩と会う約束があって確認の電話を入れたのです。

 当時、日本で人気急上昇中だった俳優リュ・シウォンが主役をつとめるドラマの原作で、彼自身が気に入っている作品とのことで地上波での放映が決まっていました(諸事情あってケーブルテレビでの公開になりました)。

「初回の放映までに全3巻(各300ページ)を出版できるよう1ヶ月で仕上げてほしい」と言われましたが、「その条件で仕上がるものでは著者にも指導教授にも申し訳が立たない」とお断りしました。今思うと、その時点ですでに「訳者解説」に恩師の名前を書く気満々だったのが笑えます。
 断った日は悔しくて眠れませんでした。人気俳優云々ではなく、かつて電車の中で泣きすぎて本で顔を覆いながら読んだ『カシコギ』(のちに『グッド・ライフ』と改題された新訳が出てドラマ化されました)の著者のデビュー作だったからです。

 断ったことでかえって編集者の信頼を得て、1ヶ月で1冊のペースまで落としてもらう条件で引き受けることになりました。それでも未経験者にはかなり厳しかったですが、毎日まとまった量を読んでは訳し、翌日に前日分を読み返してから当日分を訳す、という繰り返しで得られたものは多かったです。「過去形で終わっている文章が続いたら、ところどころ現在形にしてメリハリをつける」というスキルも初めて学びました。 

 ……というわけで、私の訳者デビューは「風が吹けば桶屋が儲かる」式に叶えられることになりました。これから目指す方の参考になることを強いて挙げるとすれば

 ・チャンスはどこにあるかわからない
 ・多少背伸びはしても絶対に無理なことは請け負わない

くらいでしょうか……当たり前すぎてすみません。

 これで調子にのって「企画持ち込みメンタル千本ノック」に突入した話は別の記事に書いてみたいと思います。

#海外文学 #韓国文学 #韓国ドラマ #リュ・シウォン #この世の果てまで #チョ・チャンイン #カシコギ #文芸翻訳


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