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内側の意識と外側の意識

 題名からしてボイストレーニングとのつながりが容易に想像できないかもしれませんが、このお話は、私がボイストレーニングにおいて最も大切にしている話であり、これまで書いてきた記事のいろんな部分に関連してくる話になっています。歌を歌う時やボイストレーニングをする時に、どのような意識で取り組めば良いのかについて具体的に説明していきたいと思います。

 レッスン時に生徒さんから「先生って歌ってる時どんなこと考えながら歌ってるの?」という質問をよく受けます。もちろんその時の状況によりけりなのですが、「あんまり何も考えていないかな。」と最も多く答えている気がします。

 歌ったりボイストレーニングをやっていると、トレーナーなどから様々なアドバイスを受けることがあると思います。音程やリズムを外さないように。無駄な力を入れすぎないようにリラックスして。腹式呼吸をしっかり。などなど。これらをぜーんぶ真面目に考えながら完璧にこなそうとしていると、きっと頭がこんがらがって、声を出すのが楽しくなくなってきます。楽しくないと続きませんから、あまり深く考えすぎずにやっていくことが大切だと思います。

 ただ、あまりにも考えすぎないのもどうかと思うので、「内側の意識」と「外側の意識」を行ったり来たりしながら進めていくことをオススメします。

 ではその「内側の意識」と「外側の意識」とは何か。まず「内側の意識」の強い状態というのは、「何かをしっかり考えている状態」です。先ほども書きましたが、音程やリズム、脱力、呼吸など、歌う際に色々と考えながら歌っている時というのは、内側の意識が強いです。何かを過剰に気をつけながら、生真面目に歌っている状態とも言えるかと思います。そして、欲がある状態。高い声や大きな声、綺麗な声を出したい、上手に歌って褒められたい、モテたい、などなど。そういう時は内側の意識が強いです。また、新しい曲を覚えようとしている時も内側の意識が強くなります。音程を覚えて、歌詞を覚えて、そのメロディーラインをいかに気持ちよく歌いこなすか、呼吸の強弱や声の大小など抑揚をどのようにつけるのか、などというのを考えている状態も、内側です。

 次に「外側の意識」が強い状態というのは、簡単に言うと「常に周りに気を配っている(気を取られている)状態」です。ある意味、自分の意識が空っぽの状態だったりもします。自分の歌がどうなっているかにはほとんど興味がなくて、ドラムの刻むリズムを感じながら、ベースラインのうねりを感じながら、ギターやピアノのコード進行の具合を感じながら、もちろんそれ以外の音も気にしながら、スピーカーやヘッドホンから流れてくる音を全体でザックリ捉えているような状態です。なので、歌いながら自分がどう歌ったかをあまり記憶していなかったり、いつの間にか結構な時間が過ぎていたりすることもあります。夢中で、没頭している感じです。

 端的にまとめると、内側の時が主観が強くて、外側の時がより客観的であり、練習や研究が不足して不安がある場合は内側が強く、充実していて不安が少ない場合は外側が強くなりやすい、とも言えるでしょう。

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 ボイストレーニングをするときは、まずは何より内側の意識が大切になります。トレーニングの方法をトレーナーから教えてもらってそれを実際にやってみる時には、どんな効果が期待されるのか、そしてどんな注意点があるのかなどを考えながら、繰り返し練習を重ねることが大事になります。トレーナーにお手本を示してもらったりコツを習ったりしながら慣れていくことで少しずつ完成度が上がり、何も考えなくてもある一定のクオリティーでその練習を行えるようになります。そうするともう意識は外側にある可能性が高いです。教わって、反復して、慣れていくという順序で、意識が内側から外側に向かいます。最初はじっくり考えながら、慣れてくればあまり考えずに。淡々と量を積み重ねる練習と、考えながら質を上げていく練習のバランスをしっかりとりつつ、時にトレーナーの指示を仰ぎながら、間違えた方向に進んでいないかなどを確認しながら進めていくと良いでしょう。

 練習が十分重ねられていない段階からあれこれ考えすぎたり、これを意識すればこうなるはずだ!うまくいくはずだ!と強く思い込みすぎても逆にうまくいきません。うまくいかないと悩んでしまうという方もいらっしゃるかもしれませんが、その悩んでる時間がもったいないです。積み上げることが大事ですから、何はともあれやってみましょう。不完全でも構いませんので一通りやってみて、たまたまうまくいったらそれを事後分析してみる。うまくいかなかったらサクッと忘れて切り替えて別のトレーニングをやるか、どうしても気になるようであればトレーナーに相談すると良いと思います。100点を目指さなくても大丈夫です。まずは赤点を取らないようにすること。赤点さえ取らなければ単位が取得できるのと同様、間違えている状態にさえならなければ何をやっていても練習にはなります。悪いなりにうまく練習をこなしていくことで次につながりますし、コツを掴み始めたり調子が良い時に高得点を狙えば良いわけです。神経質になりすぎず、ネガティブになりすぎずに、コツコツ練習していきましょう。

 そしてライブなどで人前で歌うときにも、この「意識の行ったり来たり」がとても大切になります。まず練習の段階では、自分の歌うべきメロディーラインをしっかり覚えて、音程やリズムを正確に捉えていくことを徹底します。同時に周りで鳴っている楽器の音なども出来る範囲でしっかり分析します。これは内側の意識が強い段階ですね。そしてそれらをある程度理解できてきたら、今度はなるべく自分の歌を聴きすぎないように、周りの音と自分の声の混ざり具合を確認するようなつもりで練習していきます。これは外側の意識が強い段階ですね。もし何らかのズレが生じれば確認して練習し、また合わせてみる・・・リハーサルまでの段階ではここまでを行ったり来たりすることで良い練習になります。

 ライブなどの「本番」では、完全に外側に意識が向かっていくのが理想です。自分の声や歌以外のところに集中しながら、音に対して身体が勝手に反応して、歌詞やメロディーが勝手にスルスルと出てきて、変な緊張も無く、ノドや身体に変な負担がかかっているような感じも無く、何よりその場の空気をとても楽しみながら歌っていて、観客の方と双方向で上手に意思疎通できているような状態です。最高に楽しい感じです。これを一度でも味わうと音楽から離れられなくなります。スポーツなどでいうところの「ゾーン」や「フロー」の状態に入ってる感じに近いのではないかと思います。ここにいると、自分の良さが最大限発揮できます。ところが内側の意識が強い状態で歌ってしまうと、自分の歌がどうなのかに気を取られて、周りの音が聴けないばかりか、お客さんの反応も確認できないですし、変な緊張感の中でどうしても独りよがりなパフォーマンスになってしまいがち(実は私も若い頃はよくそうなっていて、空回ってダメダメでした。My黒歴史です。)なので、できるだけ外側の意識を強く持てるように、もっと言えば、気がついたら外側にいたなぁと感じられるように、日頃から内側と外側の意識を行ったり来たりする練習を頑張っていただければと思います。

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 普段、日常生活においてもこれと似たようなことはよくあるのではないかと思います。例えば、やり慣れた仕事をやる時や、数学などで使い慣れた公式を使う時、行き慣れた場所に向かう時などは、あまり何も考えなくても身体が勝手に動きますよね?それが外側の意識が強い状態です。当然、慣れるまでの段階(=内側の意識が強い段階)で丁寧にそこに向き合うことが前提ですが、外側の意識が強くなれば無駄が少なくなりますし、リラックスも出来て、自分の能力を最大限発揮させやすくなります。たくさん勉強できていればテストでペンがサラサラ動くでしょうし、スポーツなどでも良い練習が積み重なっていればいつの間にか勝ってしまっているなんてこともあるでしょうし、仕事でもきちんと準備が整っていれば良い仕事につながってくるでしょうし。

 内側から外側へ向かうことの大切さ、理解していただいたでしょうか?じっくり吟味することと、あれこれ考えすぎずにとりあえず手や身体を動かしてみることのバランスをとりながら「行ったり来たり」してみてくださいね。


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