あっ!ババァの誕生日忘れてた!
飲み屋のオバちゃんの誕生日が昨日だったのを思い出して、今しがた慌てておめでとうメールを送った。
このオバちゃんこそ、自分にチャッピーと言う渾名をつけた張本人だ。
最初に会ったのは、ちょうど今頃の季節だった。
まだ、自分は20歳になったばかりで、彼女は19になったばかりだった。
平日なのに職場の先輩のハシゴにつきあわされて、ちょうど日付けが変わる頃、へべれけになって飛び込みで入ったスナックにその娘は居た。
その頃の彼女は超絶に可愛かった。
その当時、先輩につきあわされて頻繁にオネーサンのいる飲み屋に行っていたので、器量レベルの高い女の子には目が慣らされてたはずだけど、
その中でもずば抜けて彼女は可愛かった。
思わず酔いが覚める程だった。
初めての初対面ということでお互いの呼び方を決めようという話になった。
「お兄さんはハゲだからはげちゃびん略してチャッピーだね!」
23年経った今でもHNなどで自分が使っている、
はげちゃびん略してチャッピーの爆誕である。
初対面なのに物怖じせずにものを言う面白い子だなって思った。
ちなみに一緒にいた先輩は
「毛深そう!腹毛もはえてそう!
ギャランドゥ略してランディね!」
って格好いい渾名をつけられてた。
今でもそうだけど、彼女のことは(名前)ッペって呼ぶ事になった。
「腹毛はえてないからw」って言いながらも、先輩もその店を気に入ったみたいで、しばらくはその店ばっかり連れて行ってもらえるようになった。
ただ、自分は彼女個人を気に入ったのに対して、
先輩はその店が気に入っていた。
だから、彼女がお店を移動してからは、他に誘える友達もいなかったし一人で彼女の店に通うようになった。
その後も何度か店を変わって、その都度自分も馴染みの店を変えて通い続けた。
当時の彼女はめちゃクソ可愛かったので、新しい店に移ってもすぐに店で一番の人気者になっていた。
20代前半は週3ペース、今の嫁と交際始めてからも月イチぐらいで顔を見せに行った。
結婚してからは自由な金も時間もなくなったので、年に一回仕事関係の忘年会の帰りに生存確認に行く程度になったんだけど、新型コロナで忘年会もなくなったので、
今は互いの誕生日に生存確認のメールを送るだけになった。
大げさ抜きで今の自分の3割ぐらいは彼女に作られたものだ。
今の自分はそれなりに幸せな生活をおくれていると自分で思っているのだけれど、その幸福の3割は彼女のおかげだと言うことになる。
映画や音楽の好みから様々な価値観や倫理観、物の考え方、人付き合いの仕方。その全てにおいて彼女の影響を受けたものになっている。
別に意識して彼女に好みを合わせようと思ったことは無いんだけど、
彼女が好きなものやする事が、何故か自然とすごい物だと思えた。
一番極端なのは男の好みかも知れない。
当時、彼女が思いを寄せていた男がいた。
その男を彼氏と言えないのは、その男が妻帯者だったからだ。
自分も紹介されてよく3人で飲み歩いた。
あいつハブって飲み行こうぜって誘われるようになって彼と2人で遊ぶ事もあったんだけど、お金も持っててだいたい奢ってもらえた。
前述の彼女が好きなものは全部よく見える法則が発動して、
自分の目には彼が最高にカッコよく映った。
見た目だけじゃなく、誰からも頼りにされ、豪快でおおらかで寛容で、
そのくせ細やかな気配りも出来て、女関係がだらしないこと以外は、
全て完璧な理想のいい男に見えた。
一緒に飲んでてすごく楽しかったし、格好良かったし、
さすがあの娘が惚れるだけあるなぁ…
って言うか同じ男でも惚れるわ!って思った。
嫉妬もあったけど、それ以上に彼への憧れのほうが強かった。
今でも「いい男」と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、
彼女が惚れていた彼の、見ていて気持ちのいいあの笑顔だ。
彼のバーは彼女がいる店よりもずっと安く飲めたので、
彼女のいる店に通う回数は減り、代わりに彼のバーに行くことのほうが多くなった。
自分の店が終わってバーに現れた彼女に
「チャッピーにここ教えたの失敗だったわ~。
うちの店全然来なくなったし」
って嫌味を言われたり、
「チャッピーはずっとこの店に居れていいなぁ」
って羨ましがられたりもした。
バーの閉店後は3人で朝まで開いてる店に飲みに行ったりもした。
彼は男に対しては情も厚くてすごく良くしてたけど、
控えめに言っても女の敵だった。
一度食った女には興味が薄れるタイプらしく、
彼女と二人で飲みに行くのは面倒臭がっていた。
自分が間に入ることで3人で遊べる感じだったみたいだ。
自分は自分で自分の思う最高のいい女と最高のいい男に挟まれてすごく気分が良かった。
彼にはよく
「チャッピーはいつまでもこの娘に捕まってちゃダメだよ。
自分のプライベートないじゃん」
って忠告された。
「いや、これが自分のプライベートだし今すごい楽しいですよ俺」
って言ってたら。酔いつぶれてた彼女がガバって起きて
「ムキーーーーー!!!私のチャッピー取ったくせにーーー!」
「ほら、捕まえてんじゃん。チャッピーを今すぐ解放しろー」
って感じでわけのわからない三角関係?だったけど、
なんだかんだ言ってあの頃は本当に楽しかった。
それからしばらくして、彼は若くしてあっけなく死んだ。
火遊びが過ぎて、どっかのオバサンに無理心中に付き合わされて車ごと海に沈んで死んだ。
彼女は明るくてよく笑う娘で、たまに怒って、
怒ったときはすごく怖かった。
プライドが高くて強くてどんなに怒っても、
人前で泣くことは絶対になかった。
でも、彼が死んだとき初めて彼女の泣き顔を見た。
20年も前の話だけど、覚えているのは、その日自分がただひたすら彼女にかける言葉を考え続けていた事。
本当なら自分はもっと彼の死を悲しむべきものだと思う。
その頃は彼女といる時間より、彼といる時間の方がずっと多かったし、
3人で飲む時間が何より楽しい時間だと思っていた。
子供時代から含めて、どんな娯楽よりも楽しいと思っていた。
でも、その時は彼との死別の悲しみや寂しい感情はそっちのけで、
何を言えばいいのだろう?何を言えば彼女の気を少しでも楽にしてあげられるんだろう?って考えるのに一生懸命で他のことを考える余裕がまったくなかった。
結局のところ自分が彼のことを好きだったのは、彼女が彼に惚れていたからであって、初めから彼とはその繋がりしか無かったのかもしれない。
自分はコミュ障であんまり友達もいなくて、
もちろん自分の好きな娘が、惚れた男に知らない女と心中された経験は初めてで、こんな時なんと言えばいいのかどうしても分からなくて、
結局その日、彼が死んだと彼女から聞かされて帰るまでの間、
一言も声を出せず、ひたすら自分と彼女の分の水割りを作り続けていた。
次の日心配して見に行くと、よく笑ってたまに怒るいつもの彼女に戻っていた。強い娘だなぁと思った。
陰キャでコミュ障でそのくせ不真面目で不誠実だった自分を正して育ててくれたのは彼女だった。
普段は優しかったけど自分が間違ったことをやった時や言ったときは厳しく指摘してくれた。
服装に関しては何度も指摘された。
「だっさ!糞だっさ!!なんて服着てくんのw」
よっぽど酷かったらしい。
真冬にサンダル履いて行ったときも怒られた。
「社会人でしょ?靴買えよ靴!恥ずかしいよ」
「いい服着ろって言ってんじゃないよ。
あんまり常識ない格好は品格疑われるよ。
自分で格下げていってどうすんの?」
それまでの自分は普通じゃなくて、
たぶん彼女が自分を普通寄りに矯正してくれたと思ってる。
アフターや休みの日にはいろいろなところに連れて行ってくれた。
あまり知られてない絶景の夜景スポットだとか、
熊本市近郊できれいに海が見えるところとか、
むっちゃ美味しい寿司屋とか、ランチで使える安くて美味しい洋食屋だとか、おしゃれなバーとか、女の子連れていけるナイトクラブだったりとか
安いけどおしゃれな男物の服が買える服屋とか。
今の自分の幸福な生活の3割は彼女のおかげって言ったけど、
そもそも彼女と出会ってなければ今の嫁とも結婚できてなかったと思う。
まず、彼女のご指導前のハイパー陰キャ時代の自分なら交際中の嫁を楽しませる事ができたとは思えない。
それどころか「あんまり常識ない格好してると品格を疑われるよ」とか面と向かって言われてて、
仕事用と冠婚葬祭用の靴しか持ってなくて一年中サンダル履いてた頃の自分が嫁と交際までこぎつけることがそもそも不可能だったに違いない。
何年か前、生存確認に行って、
お互い歳くったね~そろそろあの頃の倍の年齢だよ倍だよw
なんて言いながら一緒に飲んだ。
そのときしみじみと
「でもチャッピーはいい男になったねー」
って言われて、社交辞令の否定よりも先に
素直に心からの気持ちで
「おかげさまで」と頭を下げた。
たぶん自分はずっとそれを彼女に言いたかった。
良い出逢いってのはどこに転がってるかわからないものだ。
そも、出会いと言っても彼女と自分はプライベートの付き合いなんかしてなくて、ずっと店員と客の関係なんだけど、
自分の人生にとって彼女との出逢いは間違いなく最高の出逢いの一つだった。
リアルで自分のことをチャッピーなんて呼ぶのは、もちろんあのオバちゃんぐらいのもので、その声すらもう何年も聞いてないんだけど、
Twitter経由で知り合った人にチャッピーさんって呼ばれるたびに、
店のドアを開けた瞬間店中に響くあのバカでかい声、
キャピキャピだった頃の彼女の
「ちゃっぴ~~~~~~~~~!!!よく来た~~~~~~~~~~~!」
って声が脳内に蘇る。
青春時代の甘酸っぱい感情が胸いっぱいに広がって
なんとも言えない心地よさに包まれる。
あ、おめでとうございましたのメッセージに
ババァから返信来てる…
とりあえずまだ生きてるようで安心した。