実践レポート: 花屋は雑草をブーケにできるか
雑草
- あちこちに自然に生えているが、利用(鑑賞) 価値が無いものとして注目されることがない(名前も知られていない) 草。
『新明解国語辞典(第七版)』「雑草」項より
我々の知識が乏しいために雑草だなんてかわいそうな名で呼ばれているが、野草である。
もちろん一つ一つに偉い研究者たちがつけた学名があり、属と科にまで分類され、あれらを「雑草」と呼んでしまったら我々も「雑人間」になり得る。
悲しいことに雑人間、しかも雑花屋であるわたしは、それらの名前をまるで知らない。
切り花として流通するバラやカーネーションの品種名は10も20もすらすら出てくるが、足元に目を向けて擦り切れた革靴が踏んでいる小さな草花のことが何もわからない。
なに科のなになの
幸いなことに、夫は野草にー雑草でなく野草と敬意を込めて呼ぶほどにー野の草花に詳しい。
よく会社帰りに河辺でオゼイユやらツクシやらを採ってきて、さりげなく食卓に混ぜてくる。
「ねーなんか柚子の鉢の根本に知らん草がもりもり生えてる」
「あれはオオバタネツケバナ」
「タネツケバナの花言葉知ってる?『父の失策』」
「食べられるよ」
「あっ食べた」
「うまいよ」
というような会話が毎日展開される。
わたしたちは生き物と酒の話ばかりしている。
切った草を食べさせるのが青果業なら、切った草を飾らせるのが生花業である。
「生きた草を切っていただく」という点において両者に本質的な差はない。腹を満たすことと心を満たすことの差である。
ともかく、野草でブーケをつくりたい。
さっそく問題発生
今回、野草を採取するにあたって最も重要なルールを設けようとしていた。
「人工的に植えられたであろう植物、園芸種の植物には手を出さない。」
勝手に生えて、摘んでも誰も困らないような草花のみ収穫する。
当然のことだが、花壇に植えられた花を摘むのは違法である。
でもね。
でもねと。
「勝手に生えた草」と「勝手に生えたように見えるだけで、人が管理している草」の境界をわたしが引くことはできるのだろうか?
幼少期、公園で花を摘んで花冠をつくったり、押し花をした経験はないだろうか。
あのときの記憶そのままで考えると「人が植えたわけでなく、公園で勝手にはえてる草→摘んでOK」なのだ。
公園の藪の中に好き放題のびている草を少し切らせていただこうかと思い、ひとり下見をしていた矢先、この看板が目に飛び込んできた。
こんなに圧の強い創英角ポップ体は初めて見た。
もしかして…?と思い、公園の管理者へ電話してみた。
「公園内に人工的に植えられている草ではなく、いわゆる『雑草』と呼ばれる草は摘んでもいいものでしょうか?」
「お答えしづらいのですが…一応私たちのご回答としては、公園はありのままの姿で保管する必要がある、ということです…」
ですよねえ!!!!!
悪い予感が当たってしまった。
「野草を摘んでもOK」と公式に宣言してしまえば、いつかは「どこまでが野草か」の線引きを余儀なくされる。それはわたしも、自治体も同じことだ。
通常はここで企画倒れになるのだろうが、わたしは転んでもタダでは起きない。
土さえあれば草は生える。
区に問い合わせたところ、路上の草花を摘んでも良いか判断できそうな部署の番号を案内してもらえた。
国土交通省整備局。
「すみません、国道などの公道沿いで、植えられているのではなく、自生している植物を持ち帰ってもよろしいでしょうか?」
「えっ そんなに珍しい植物か何かですか?」
「いえ、いわゆる雑草なのですが…ヒメジオンとか、ナズナとかです。」
「問題ないと思いますよ!私有地には入らないようにしていただいて、あと国道なんかは車の往来が激しいですからね。よく気をつけてくださいね。」
もちろんです。
これならいけそうだ。路上に生えている草を摘み、洗い、ブーケにする。
この日はもともと、大きい公園で友人たちと花見の予定だった。
公園を採集場所にする予定だったが途中の路上に切り替え、持ち込んだ草花を公園内で水揚げし、桜を見ながらブーケを組むことにした。
公園がダメなら川はどうだ
さらに、公園周辺の地図を見ていたところ、途中に大きめの川があることに気がついた。
河川敷があれば、野草も豊富に生えているはず。さっそく所轄の整備事務所に電話をかける。この時点で既に「雑草をどうしても持ち帰りたい人」と思われることに抵抗がなくなっていた。
「すみません、河川敷に自生している野草を摘んでも大丈夫でしょうか?」
「採取される量はどのくらいでしょうか?」
「自家用に使用するだけなので、せいぜいスーパーのビニール袋1枚分くらいです。」
「採取しすぎてハゲにならなければ大丈夫ですよ!」
ものすごく感じのいい担当者さんだった。
公園に行くまでのルートで河川敷にも寄ってみよう。
(※河川によって管理者と野草採取のガイドラインは異なります。)
地面を見ながら歩く
ふだん悩みなどが全くないため、地面を見ながら歩くより鳥を追いかけているほうが多い。
小学生ぶりに地面に注目しながら歩いた。地面もこんなに見つめられて照れているかもしれない。
さっそく小さな黄色い花が咲いているのを見つけた。ノボロギクというらしい。
確かに葉のギザギザがキク科っぽい。
わたし「こっちのギザギザもキク科?」
夫「それねえ、よもぎ」
わたし「餅の?」
夫「匂いかいでみなよ」
餅!!!!だ!!!!!!! (※餅ではない)
摘みモクで歩いていると、路上は宝の山だ。
路上の草も根こそぎは摘まず、清潔な鋏で数輪のみ切り取る。
スミレだ!!!!丈が短いので今回は見逃してやる
夫「これはたぶんヒメスミレ、コンクリートの隙間に生えがち」
川沿いはフロアがわいてる。
河川敷はクローバーの丈が長い。人に踏まれづらいからだろうか。
虫問題
生花店に流通する切り花は、人の口に入る前提で流通しないため、殺虫剤や殺菌剤が散布されていることが多い。そのため虫を見つけることは滅多にない。
しかし野草、すなわち、野に勝手に生えた草である。
勝手に生えたからには誰の許可も取らず虫がつく。
テントウムシの飛ぶ方へ向かってみれば、カラスノエンドウが繁茂していることがある。アブラムシがつくからだ。
ほら、アブラムシがびっちり……
あれ?
虫がいない。
なぜか、驚くほど全ての草に虫がいなかった。
植生の問題なのか、時期の問題なのかはわからない。
虫を落とす用のブラシまで持ってきたのに、使わず仕舞いだった。
歯ブラシ、これが春だよ
野草の水揚げ
公園に到着した頃には、けっこうな種類の草花が採取できていた。この季節はノボロギク、ナズナ、ギシギシ、カラスノエンドウ、タンポポ、ヨモギなどは簡単に見つかる。
持参した花瓶に水を汲んで、洗って根本を切り直して野草を入れておく。
花屋の切り花はだいたいこれでしゃっきりする。通称「水揚げ」と呼ばれる作業だ。
しかし、何時間待っても一部の葉物は水を吸ってくれなかった。
ヘナヘナのギシギシ
たしかに春の花は水が下がりやすいが、まさかこれほどとは。
公園で湯揚げをするわけにはいかないので、なんとか他の花で支えにしながら作ることにする。
ナズナは強くて本当にえらい
ブーケを組む
花屋で扱う切り花は概ね30〜70cmほどだが、野草はもっと短い。長さの違いを生かすことにした。
自然の形を生かして自由に組んでいく 。
そして完成したブーケが、これだ。
ブーケというより花束。
この日の花見メンバーはしおまがるさん、概念さん、ふわもちさん、煮〆太郎(夫)。
皆とんでもなく料理の上手なメンバーだ。名前の前に訊くことがある。
「この野草って食べられる?」
しおまがる「けっこう食べたことある」
煮〆「成長しきったアスパラは毒があるはず。これとノボロギク、ヒメオドリコソウ以外はだいたい食べられる」
ふわもち「ていうかお花めっちゃかわいい」
しおまがる「ヒメオドリコソウ、調べたら食べてる人いた!でもアレルギーを起こす可能性があるって」
概念「よもぎ餅うまい」
なんと、驚くべきことに今回収穫した野草のほとんどがエディブルだった。立派な葉はすでに硬くなっていて美味しくないだろうが、今この瞬間に世界が食糧危機になっても安泰というわけだ。
名前も調べた。春の花はさすがに知っているものが多い。
「アブラナ科のなんらか」は結局同定できなかった。どうやらアブラナ科同士で交配すると、謎の「なんらか」が爆誕することがあるらしい。見た目はケールにそっくりである。
家に飾るために持ち帰り用の梱包をする。
麻ひもで縛り、保水。ステムティッシュとビニールを使う。これで家に帰るまでシャキッとした草花と歩くことができる。
持ち帰りの際に茎が折れないように、クラフトペーパーで巻く。
完成。
これどう?
ふわもち「めちゃくちゃいい」
しおまがる「かわいい、おれも作ってくる」
概念「…………」(花笛を吹こうとしている)
煮〆「プピーーー」(吹けている)
結果・路上の野草で花束はつくれるし、かわいい。
そよそよ
飾ってみる
家に飾ってみた。
ヨモギからいい匂いがする。
もしかするとこれから虫が出てくるかもしれないから、他の植物からは少し離したところに置く。
公園でうまく水揚げできずヘナヘナだった葉も、フラワーフードを入れた水に1晩つけておいたらだいぶシャキッとした。
コンクリートの隙間から生えているような草も、下の土は肥沃なのかもしれない。
数日したらやはり水揚げが困難だったものから再びしおしおになってきてしまったが、恐ろしいことにカラスノエンドウは丈が伸びていた。少しずつメンテナンスすれば、一週間はきれいな状態で眺められそうだ。
まとめ
今回の反省点などを以下にまとめた。トライしてみたい方がいたら参考にしてほしい。
・必要なもの
→管理者の許可
必要なのは技術ではなく、雑草を持ち帰って良いか聞く勇気。あと鋏とバケツ
・あると良いもの
→軍手、水道水
藪に手を突っ込む際は長袖+軍手が望ましい。水を汲めるスポットをあらかじめ決めておけない場合は、バケツに水を汲んだ状態で持ち歩き、摘んだ側から投入していく。観賞用だとしても、野草は洗ったほうが良い。
・注意すべきこと
→しれっと誰かが植えたらしい園芸種の草花や、触るとかぶれるような植物も存在するため、植物の知識がある人間が同行した方がいい。今回は野草に何故かやたら詳しい夫と、花屋で働くわたしの2名で、野草図鑑を参照しながら採取を行なった。
・通常の虫対策
→筆や「やわらかめ」の歯ブラシに水をつけて払い落とす。最後に水ですすぐ。
草花を痛め、周囲の自然環境に影響を与える可能性があるため、殺虫剤などは使用してはならない。
・ブーケの処理
→技術的な話だが、茎が弱いため輪ゴムでなく麻紐で括るのが良さそうだ。
・車
→轢かれるとヤバいから気をつける
・途中で出会うお散歩中の犬ちゃん
→撫でていいかは飼い主さんに訊く
・信頼できるもの
→創英角ポップ体
・野草食べてみたい
→マジで自己責任よ
以上、花屋が雑草(野草) で花束をつくってみた実践レポートである。
非常によかった点として、自分で採取した花は名前を覚えられたこと、路上が宝の山に見えるようになったことがあった。
今年は気候も温暖で、芽吹くのも早いだろうから、機会があれば夏の野草も採取してみたい。
※野草を採取する際は必ず管理者に許可を取り、安全確保した上で節度とマナーを守りましょう。
書いた人→JUNERAY
野草監修→煮〆太郎 (夫)
たまに入ってるめちゃくちゃ綺麗な写真→ふわもちさん
Special Thanks→概念さん、しおまがるさん
○追記→3月25日(水)、東京都知事より不要不急の外出を自粛する呼びかけがありました。野草の採取が急ぎで必要な方はいらっしゃらないと思いますが、今後もご自身の安全を第一に、活動のご判断をお願いいたします。(記事内の採取活動は自粛呼びかけ以前のものです)
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