100 たぶん合法のグミ

 グミの袋を引っ張ったらむっとした顔でようやくこちらを向いた。袋の中から甘ったるい様々なフルーツが混じったにおいがしてきた。手の中に収まった袋を取り返そうとして失敗した彼女の、大して可愛くも無い頬の膨らませは一体どこの誰の影響なのか。知っていて、それを当事者に尋ねることは出来ない。黒いリュックには分かるけど聴いたことない、フェスによく出るアーティストのキーホルダーが付いていた。グミを盗られて不貞腐れたのか公園のパンダを模した遊具にまたがって一心不乱に揺れはじめる。女性アイドルと芸人以外興味がない俺に効くはずがないことは吉野だって分かっているはずなのだ。お前だってそういうの嫌いだっただろ。俺はずっとラジオの話が出来るだけでよかったのに、勝手に染まったくせ戻って何なんだよ。袋の中身と同じにおいが彼女の口元からも漂う。
「食べるんなら味わってよ、これもう販売終了するかもって噂なんだからさ」
「やべぇ成分入ってんの?」
「さぁね、日本での販売が終わるからあながち」
 ぺろ、と上唇を舐める吉野を見ていたら隙をつかれた。ココア色のカーディガンで隠れた手首のスナップをきかせて、袋はいつの間にか彼女の手に渡ってしまった。遠い目をしてグミを摘み、口に放っている。パンダの遊具にまたがったまま今度はじっとしていた。
「違法じゃん」
「だとしても買えちゃってるし」
 乾いた笑い声を、ここで吐き出すことになっている理由は知らない。ずっと校舎を見ているだけだと知っていたら、もっと早く家に帰ったのだ。加藤さんとは別れたって聞いた。だからって気が早いだろうなんて、誰の台詞か。紛う方なし俺のだ。冷たい風が頬に突き刺さる。
「寒くないの」
「まあ、普通」
「無理してんだったら、そういうのキモいからやめたら」
 パンダの上の身体が揺れる。風のせいでは無さそうだった。横に立っているのが辛くなって少しだけ距離を取ろうとしたら、察したのか一瞬にブレザーを掴まれた。血管の浮き出た白い手首がはっきりと俺に触れる。
「岸田が変わってなくて安心したわ、帰る」
 尻すぼみになっていく彼女の声が、さっきまで食べていたグミのにおいよりも静かに消えていく。毎日今日みたいに会話が出来ることを夢見ていたのに、実際起きても全然嬉しくなくてパンダを降りた彼女の背を目で追うことしか出来なかった。

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