97 屋上前階段とアイス
禁止されているわけではないのだ。しかし、施錠されている屋上への扉に続く階段を上っている時私は少しだけ緊張する。短いスカートとワイシャツの背だけ見えているかなりんはコンビニ袋を揺らしながら口笛を吹いていた。新曲って言ってたっけな。アイドルに興味の無い私には、彼女がカラオケで歌っていた曲という認識しかない。グループ名に数字が入るアイドルの、全員の顔と名前が一致して更に自分の好きな子を探しあてられるなんてある種才能ではないのか。私はいまいちピンとこなかった。上履きが段差を進む音は乾いていて、時折ワックスのせいかキュウッと鳴る。夏休みに入る直前、業者のおじさんたちが校舎に入ってくるのを見た。どうせ来年取り壊されるのに、綺麗にする意味なんてあるのか。
「溶けてなきゃいいなぁ」
「でも絶対買いたかったんでしょ」
「だってさ、マンゴーなんだもん。さえちん食べたことないんだっけ?」
無いよ、と返しながら到着した。屋上が見える広めの窓の側に、私たちは使われていない教室の椅子と机を持ち込んでいた。かなりんが袋をガサガサやっている間、窓の外に広がる屋上を眺める。鍵は職員室にも無いらしい。三組の大野の兄が盗ってどこかに失くしたという噂が一時期あったけれど、真相は謎のままだ。ヤンキー漫画の主人公は案外屋上に憧れない。むしろ、ヤンキーにはなれないけれどヤンキー漫画に憧れる人間が屋上を自分のものにしたがる気がする。右側から熟した果実のにおいがした。
「ちょっと溶けてた、けどやっぱうま!」
「すっごい黄色だ」
「そりゃね、マンゴーだから」
ふぅん、と返すとかなりんはまたアイスバーにかじりついた。知覚過敏でも虫歯でも無い健康的な前歯が黄色くて四角い物体を崩していく。形の良い唇に氷菓の粒が残っているけれど、直に色の付いた水滴が机に落ちるだろう。
「かなりん、私が鍵持ってたらどうする?」
「開ける勇気は無いなぁ、ここで充分」
「そっか」
食べ終わったアイスの棒をコンビニ袋に戻したかなりんと目が合う。なんとなく笑った後、彼女は窓の外ではなくスマホを見つめた。アイドルの新曲を唇が鳴らしている。
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