98 酔いとグロー

 体内の水分が奪われていく。反対に、アルコールがひたひたと蝕んでいく。市民プールの偽物の水色がプールサイドに漏れ出る映像が脳内に浮かんでいた。この瞬間を逃すまいとスギサワさんにラインを送る。酔った勢いでなんとでもなる文章は、明日起き上がって見返したら大層な代物だろう。何もかも許されたかのように生温い空気と呆けた視界が私を取り囲む。周囲にはもちろん人間が居て、話し声だって聞こえているのに深海の中一人で沈み込んでいくような心地よい孤独を感じるのだ。しかし、アルコールが偉いのは自分の存在価値をしっかりと示せるところだ。白身魚フライも、串盛りも、シーザーサラダももう良いのだ。美味しいけれども、半永久的に記憶の中に残り続ける様なものではない。一時的に自身の舌の上に存在し喉元を過ぎてふわっとした印象だけが後に残るそれらと自分が重なっている。
「サクラちゃん、次も行くっしょ?」
「行きますよぉもっちろん」
 煙たい個室に張り巡らされた下心はあえて放っている。酔った勢いの吐き出し口が自分の惨めさを助長することを、他でもなく私自身が望んでいるからだ。ぐちゃぐちゃのシーツとエアリズムを慌てて直す明日の朝が容易に想像できる。うまくいった化粧も顔の脂で直に崩れ落ちると言うのに、彼らには私の腰から下しか見えないのだ。皆、面接で散々売りにしてきた傾聴力もトーク術も消え去った馬鹿な女が酒に酔って痴態を晒す事を心待ちにしている。
「スギサワはぁ、嫁とのご飯が第一優先だからって」
「愛妻家だこと、まあ奥さん綺麗だったし。俺はサクラちゃん派だけどねぇ」
 吸いかけたグローを離して鈍感な主人公を演じる。しかし、台詞という大層なものは考えられなくて大袈裟に驚いたような、少し照れたような謝辞を述べる。煙が目に入るのは分かっていても辛い。深夜のドンキで値引きのパンを買うより、もっと直接的に虚しい気がしている。お前に好かれたって報われねぇんだよ、なんて言えるわけが無いのだ。口に咥えても大して美味しいと感じなかったスティックをわざとらしく深く吸い込む。ラインは既読すら付いていない。

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