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さようなら『幽霊たち』

ポール・オースター(Paul Auster、1947年 - 2024年)はボクがおそらく、もっとも影響を受けた作家。

大学1年生の時だったので、1992年の話。テレビの深夜放送、「21世紀対談」とかそんな番組名だった記憶はあるが、彼がインタビューを受けているのを観たことがきっかけ。

その番組ではインタビューに加えて、ニューヨーク三部作『幽霊たち』の冒頭も朗読されていた。抽象的でリズミカルな文体。次の日には下北沢の書店で『幽霊たち』を買って、そして読んだ。大学はサボりがちで名ばかりの英文文学科だったが、それでも当時の大学生が読んでいたアメリカ小説はひと通り読んでいた自負はあった。
これまで出会ったことのない心地よい文章。それはまるでジャズ(とは言えジャズを良く知らないが)を聴いている感覚だった。一晩中、飽きずに読んでいた。とにかく、文字を追う感覚が気持ち良かった。

船員として世界を旅していたり、孤独をテーマにしているのも、斜に構えた大学生にとっては格好良く映った。「好きな女とセックスしている最中に、今日届いてた手紙の封を開けていないことがふと気になった。まだキッチンに置きっぱなしのはずだ。」みたいな一節が『孤独の発明』にあったと記憶している。その感じがたまらなかった。憧れた。

『ムーン・パレス』がシンボリックだが、財産や肩書きを捨てていくと、最後に自分に残るものは何か、を彼は描こうとしていて、そんな生き方にも影響された。大学生時代の1年間は大学にもほぼ行かず、アルバイトもせず、せっせと本を読んだり、山内くんと徹夜でファミスタをしたりして過ごしていた。お金が無くなると読み終えた本を古本屋に売って、鯖缶を買って飢えをしのいだ。その行為によって、彼の作品に飛び込んでいる気になった。

大学の卒論テーマもポール・オースターにした。もちろん、原文でも彼の小説を読んだ(ひどく苦労した)。また当時発売されていた彼に関する解説本や評論本はすべて読んだ。日本でいちばんとは言わないが、それに近いくらい彼のことは研究している自信もあった。ただ、ゼミ教授からの評価はいまひとつだった。

あれから30年くらい過ぎた。その時の経験が大人になっていくボクにとって役立ったのか?と聞かれると、たぶん、あまり役立っていない。マーケティング研究会に入ってそのノウハウを学んだり、応援団に入って先輩に可愛がられたりした方が、社会人としては役立っていたんだろうと思う。それもボクが選んだ道なのだと思うようにしている。

引越しが多い社会人になったので、その都度本棚を整理している。たくさんの本を処分してきたが、やっぱり彼の作品は、もちろん全部、きれいに、本棚に並べたままにしている。ボクにとっては大事な作家と作品なのだ。


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