EUの農業脱炭素政策ってサステナブルですか?~わこさんのワイン片手の経済視点
(第五回)EUの農業政策はアンタッチャブル?
今回は脱炭素フロントランナー、EUの政策の不都合な真実(?)のお話と余市でワインを飲んできたお話
前回、普及価格帯のワインが世界的には供給過剰になっていて、各地でブドウの生産削減、要はブドウ畑を潰しましょう、という話が進んでいることをご紹介しました。その中で、フランスのボルドーではお上からの補償金を求めている、というお話をしました。今回は、そこをとっかかりにEUの脱炭素政策や農業政策の(ちょっと不都合な真実の)お話をしてみましょう。
ワインの供給過剰ってサステナブルですか?~わこさんのワイン片手の経済視点|わこさん (note.com)
余市でのラフェスタのお話を前振りに
その前に、2024年9月1日(日)に開催された北海道・余市での「ラ・フェタ・デ・ヴィニュロン・ア・余市(直訳するとワインメーカーのお祭り)」に行ってきましたので、少しそのお話を。
初めての余市は気持ちの良い晴天でした
関東から西ではノロノロ台風の大雨に悩まされていましたが、ありがたいことに北海道は良いお天気でした。
レインカットの話を聞いたりする隠密Diploma
余市に行ったのは初めてでしたが、地形的には風が通りやすそうで、雨も少ないとのことなので病害などは受けにくいんだろうな、というのが第一印象。お祭りなので、現地で栽培・醸造をしている方とはあまりお話できなかったのですが、何人かとお話ししました。山梨や長野でよく見るレインカット(ブドウを栽培する垣根につける雨除けの傘のようなもの)してないんですね、とお聞きしたら、降水量が少ないので必要ないけど、最近雨が増えてきたから今後はわからない、というお話もありました。そうすると今後は栽培にさらに手間とコストがかかることになります。
ドメーヌ・タカヒコの畑で余市の風土を堪能
有名なドメーヌ・タカヒコのナナツモリの畑は、遠くに海も見える風光明媚な、こんなところで育ったらブドウも美味しくなるよね、と思わせるようなロケーションでした。タイトル画像が当日の写真です。もちろん特徴的な出汁感の旨味たっぷりで、青空の下、脊髄に染み渡る美味しさを堪能しました。
商業ベースで個性が生かせるかはこれからの取り組みに期待
いろんなワイナリーで試飲もしました。基本的には無濾過無清澄で、おそらく減農薬栽培、天然酵母での醸造なんだろうな、という印象です。品種なども含めて様々な試みがなされていて、すごく活気を感じました。とはいえ樹齢や生産量を考えたときに、これが商業ベースでそれぞれの作り手のスタイルです、っていうのが確立していくのかどうか、はこれからのお楽しみなんですかね。
EUの政策が本題でした。ボルドーの生産調整では政府が補償金
で、EUの農業政策に話を戻します。
2023年3月にボルドーワイン委員会(CIVB) はフランス政府とブドウ園スクラップのための取り決めに合意しました。ボルドー地域の10%程度のブドウ園に相当する9500ヘクタールのブドウの樹を引き抜く代わりに、農家は1ヘクタール当たり6000ユーロ(160円/ユーロで96万円)の補償金を受け取る、というものです。この計画がちゃんと実行されると、ボルドー地域はフランスのワイン生産の15%くらいの生産量になりますから、フランス全体のワイン生産を1.5%くらい減らす、って計算です(ほかの地域が増やさなければ)。
生産調整は何となく「進んでない」っぽい
この程度の金額では土地の転用までお金が回らない、といった不満もあるようです。計画の進み具合について公的な発表はないので、最終的には生産量を見ていくしかないみたいですが、報道ではちらちらと「進んでない」的な話が見え隠れしてます。資金の問題なのかなにかはわかりませんが。
国が金出して需給調整をするのはどうなんでしょうかね
ただ、そもそも国が(EUの農業の中心にいるフランスが)需給調整のために農地の放棄に金を出す、ってのがどーよ、という話です。わが国でも、コメの減反政策で薄~く薄~く補助金出しながら時間をかけて転作などを進めてきましたので、人のことは言えないかもしれませんが。
脱炭素でも農業分野に手が付けられていない
で、こうした農業分野からの歳出圧力や政治的な圧力というのはヨーロッパでは結構強いです。
ヨーロッパが旗降って先頭切って走っていると言われている脱炭素なんですが、実は農業がややアンタッチャブルになっているという事実、特に日本の方はあまりご存じないかもしれません。
EUは2040年までに正味GHG排出量を1990年比90%削減と目標
2024年2月に、EUは2040年の脱炭素中間目標を発表しました。2040年までにEUの温室効果ガス(GHG)の正味排出量を1990年比で90%削減するという目標です(最終目標は2050年の100%削減(カーボンニュートラル)です)。
農業部門は減少目標を示していない
で、下の図はEUのウェブサイトに載っているものなのですが、黒の点線がGHGの正味排出量、上から二つ目の山吹色のところが農業です。エネルギー供給、産業、建築、運輸が大きく減少しているのに対して、ほとんど減ってません。
農業従事者のロビー活動やデモが政策推進を遅らせている
2040年の中間目標を議論するときには、当然農業分野の排出を減らさなきゃ、という話は出ています。ところが、結果は御覧の通り。
脱炭素を含む規制強化に対して農業従事者の方々が2023年末から2024年にかけて大規模デモを行って、EU 本部のあるブリュッセルやパリなどでトラクターが道路を封鎖するといったことが起きました。
農薬使用量削減も短期の収量減懸念につながる
脱炭素議論と並行して、農地の生態系保護や持続可能性改善のため、農薬の使用を半減しようという規制案をEUが出したことも怒りに拍車をかけたようです。農薬使用量削減は、短期的には収穫量の減少につながります。脱炭素規制も省エネ機材の購入など短期的にはコストがかかります。燃料費高騰によるインフレもあってコストが上昇している中、要は、規制強化でワシラ農家の生活をどーしてくれるんじゃ、ワレ?ですね。
圧力に屈したEU政府
6月にEU議会選挙を控えていたこともあり、農薬半減目標もあっさり撤回。具体的な農業部門の脱炭素目標もまとまらずにEU全体の2040年目標が設定されました。あれあれ?
EUの農業政策見直し意欲は強い
農業分野は、EUの政策の中でも重要な位置を占めています。EUの共通農業政策であるCAP(Common Agricultural Policy)関連の支出はEUの予算の中でも大きく、以前は4割くらいありました。脱炭素や環境政策とともにこの支出を何とか減らして変えていこうという動きが進んでいます(これも農業関係者の怒りの根底にあるんでしょう)。
このCAPの改革に向けた「EU農業の未来に関する戦略対話」という報告書が9月4日に提出されたように、EU政府としてはまだやる気は見せています。伏魔殿とわかっていながら手を出そうとしている(というか、手を出さないと政策の整合性が取れないのでやらざるを得ない)のは素晴らしいチャレンジです。
他国に範を示すためにもEUとしては進めたい
食料の生産と流通に関連するGHGは、測定方法にもよりますが全排出量の21~37%になると国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が試算しています。フロントランナーとして他国に範を示すためにも取り組まなくてはいけません。
政治情勢との関連で進めにくくなっている状況
でも、具体化しようとしたらまたトラクターが押し寄せて来るかもしれません。それから、2024年初めのデモの時、焚きつけた連中の一部は「極右」と言われる政治家さんたちだったりします。「このままEU政府の言いなりになってると大変だぞ!!」とやったわけです。で、「極右」勢力は6月のEU議会選挙で票を伸ばしました。フランスの議会選挙でも一時は最大勢力になるんじゃないか、という勢いでした。そういった政治情勢を考えると、EU政府のプランはうまくいかないかもしれません。
「政府のお金で取り組み継続」はサステナブルじゃないですよね
一歩引いてみると、結局「金よこせ」ということなのかもしれません。農業分野に脱炭素の取り組みをさせるためには農業関係者がそれなりの利益なり補助金なりが必要です。脱炭素、頭ではわかっていてもなかなかね、というのは万国共通でしょう。たーだーし、補助金で何かを中期的に継続して進めようなんてのはサステナブルじゃないですよね。最近の世界のEV販売の失速具合を見てください。お上のお金は無限じゃないです。
サステナブルな農業政策になりますように
ということで、本日のお題、EUの農業脱炭素政策はサステナブルですか?にたどり着きました。
サステナブルになりますように。
次回は一応ワインに寄せたお話の予定です
そういう状況なのに、なんでワインメーカーはサステナビリティへの取り組みを進めるのでしょう?第二回でIWCA(International Wineries for Climate Action)をご紹介しましたが、次回はそのあたりのお話をしてみようかな、と今のところ考えています。変えるかもしれませんが。
ワインってサステナブルですか?~わこさんのワイン片手の経済視点|わこさん (note.com)