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小屋探訪記(2)「Hut nest」@ist Aokinodaira Field



快適な小屋はどうだろう?

小屋を考えると住宅よりロースペックな仕様をイメージしてしまう。冬は寒く、快適ではない。それが小屋と自然の在り方だと。しかし、小屋にはそもそもそういう条件はあったのだろうか。住宅以上の断熱、ホテル程度の冷蔵庫、ミニキッチンにガスストーブ、トイレがあってもいいのではないか。温かい寝床などどうだろう。そんな小屋がist Aokinodaira Fieldというキャンプサイトにあった。名は「Hut nest」、小屋(巣)と和訳してみるとそのスペックか理解できる。ここは巣であって、自然の中の避難先ではない。
Aokinodaira Field は渓間の傾斜に段々の平場を有するランドスケープである。川は「つ」の字状にカーブしてテントサイトを囲むように流れてる。そのサイトに面する斜面の中腹にHut nest(以下、Hut と呼ぶ)は建っている。

小川が流れるキャンプサイト
坂の上のHut nest
坂上の傾斜路から見下ろしたHut nest

設備が充実していて、悪いわけがない

「小屋は寒いし不便だけど、浪漫がある」。なんてかっこいい言葉だ。しかしそれでは少しハードルが高いのでないか?自然と共生する体験ができる喜びと、ハードロマンは必ずしも同居しなくてもよい。Hutはそんな声に応えたかのように入った瞬間に安心感を覚える空間が用意されてる。

入室した瞬間に広がるフルスペックの設備

入ると傾斜地に合わせたスキップフロア四段の真ん中あたりの段に立つことになる。右手から見下ろす先は素敵な景色とソファ、目の前にはダイニングキッチン、左には個室トイレとベッドスペース。流石に風呂は近所の温泉が良いだろう。すべてが揃ってる。

これで不便とは言いようがない

ソファはスキップフロアに合わせて配置され、見事なリラックス空間を形成してる。住宅ではソファの前にほぼテレビという情報窓が設置されるのがお作法みたいになっているが、当然自然の中にある小屋では最大の情報源は景色だ。一瞬たりとも同じ光景とならない刹那の場面が自分の身の回りの真実を投影しくれる情報窓となる。

最上段のプライベート空間

最上のフロアには腰壁に囲われたベッド空間が用意された。マットレスで寝れるという体験がキャンプサイトでできる。これはもはや別荘だ。毎週来たくなる安心感はこういった不安や負担の少ないノンストレス的な場を持つことにより形成される。浪漫を塗り替える理想の入り口を感じる。

傾斜地によるオープンプライバシー

傾斜地に建つHutには谷方向に向けたフルワイドの掃き出し窓が用意されている。この景色は抜群である。冬のため、落葉した対面の稜線ははっきりと見える。冬特有の山の景色だ。この景色を内部に取り込む一方で、デッキの「出」の分により、斜面下のテントサイトからプライバシーの確保がうまく計画されている。

ソファから眺める風景
ベッドスペースのプライバシー確保のための腰壁

最上段のベッドは高さ1.1メートルほどの腰壁でソファ側から仕切られてる。これによりテントサイトからの視認性に対する不安感をさらに軽減する。一方で足元は少しはみ出している。これは意図したことではないだろうが、カップルやパートナーときたときにふと寝っ転がってる相手を足元だけチラ見できる、近しい距離感を得ることができる素敵な効果がある。もちろん腰壁故に声は通り、二人くらいで訪れてそれぞれの時間を過ごしても孤立感はない。ニクイ演出だ。

細部に宿る住宅ではあり得ない振り切りと敢えて振り切らないこだわり

快適であることをこだわったHutなはベッドボードもあれば携帯充電用のニッチもあれば、読書灯もある。しかもおしゃれにつくられてる。こういう演出はまた来たくなるモチベーションを湧きあげさせる。

山小屋での読書に憧れないわけない


キッチンダイニングがあるのであれば、当然食器も必要だ。地場のワインやビール、フレッシュジュースなんて飲むのであればやはりグラスもほしい。しかし最低限で十分だ。三人以上ならマグカップなども使おう。ここは快適であるものの、ワイルドな自然一歩手前の環境だ。つまりこの程度の不完全な用意はむしろ場所として相応しい。文句など出るわけがない。

最低限のグラス類で魅せる

住宅では中々やらないディテールもある。例えばおしゃれだが少し強度的に不安になる皮の引手収納。しかし小屋においてこれはむしろ最適解かもしれない。もっとラフに丸穴一つですら潔く、通気なんかを理由にしたら完璧だ。

皮の引手

なのに本棚なんかある。明らかに趣味性が高い。ここの計画をした人は読書が好きなのかもしれない。明らかに棚量がキッチン収納より多い。これが小屋の醍醐味だ。自分の好きを優先できる。

トイレ横の本棚。私なら図集なんか置きたい。

窓まわりのディテールも秀逸だ。建具工事によるものではない。この収まりは明らかに「大工工事」の技術に納めてる。建具屋が関わることで採寸や吊り込みなど様々な外注費用が工務店や大工にかかってしまう。小屋であることだけを抽出すればこのディテールはこの上ない簡素さで作られてる。この計画をした人たちの熱意と覚悟を感じる。

フィックスガラスはシーリング留め、網戸は挟み込み

さてインフラはどうだろう。雑排水や汚水は浄化槽につなぐことになるが、給水はどうするのか。ここも尖っている。必要最低限のポリタンクに簡易ポンプで組み上げて利用する。必要な水を必要なときに汲む、半人力供給のインフラだ。筆者は感動した。なぜなら寒冷地の別荘や小屋の問題は「凍結」だ。冬のメンテナンスが一気に解消される。素晴らしい自然への応答と言わざるを得ない。見事の一言である。

ミニポンプは水栓の陰圧連動

小屋は生活の一部になりうる

2拠点生活を昨今耳にする。しかし古来より別荘という複数拠点は存在する。離宮などはその一例だ。歴史の教科書にすらある。つまり人間社会の中でそういった日常的「家」から離れる行為は何も特異なことではないと言えよう。社会環境の中の家族の居場所としての家があれば、家族の中の「個」としての居場所を書斎や定位置の座席がある住まいはよく見かける。こういった小屋はそのような扱いとして、「個」の居場所を造る方法として魅力的だと感じた。暮らしは多様になり、場所や空間の距離を埋める技術はこれからも発展する。しかし実空間としての環境は、どうしたってその場所にしか存在し得ない。人間が人間の都合で場所をつくるのだが、許された地表の中で私たちは暮らし生きていくという事実を目の当たりにする。


そしてまた夜が更ける

(参考)ist aokinodaira field公式ウェブサイト


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