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Beyondコロナの日本創生と土木のビッグピクチャー 第2章 基本的な考え方

本記事は、2021年度土木学会会長特別委員会が2022年6月に公表した『Beyondコロナの日本創生と土木のビッグピクチャー~人々のWell-beingと持続可能な社会に向けて~』をnote向けに再構成して掲載したものです。提言の全文は、以下note記事よりPDFで入手いただけます。


第1節 ありたい未来の姿

■危機を乗り越え持続可能な社会へ

土木学会は2014年、「社会と土木の100年ビジョン」を策定し、その中で、究極の目標とする社会像として「持続可能な社会」を掲げ、その礎を築くことを土木の目標としています。

ビジョン策定から8年が経過しましたが、その間にも社会は大きく変化し、地方の一層の衰退や格差の拡大等、さらに多くの難題が日本社会に立ちはだかっています。これら深刻化する危機に立ち向かわなければ、あるべき究極の目標である「持続可能な社会」を目指すことも難しいと考えます。そこで危機を乗り越えるための方向性として、まず「ありたい未来の姿」を構想して示した上で、そのような姿に如何に近づけるかを検討することが必要と考えました。

「ありたい未来の姿」という問いは、突き詰めれば「我々一人ひとりがどのような未来を望むのか」という問いです。個人にとっての「ありたい未来の姿」とは、生涯にわたり「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた(Well-being)状態」(世界保健機構憲章より)であること、に異論はないと思います。これを社会全体で捉えれば、全ての人がWell-beingを感じられる社会がありたい未来の社会の姿だといえます。これは「誰もが、どこでも、安心して、快適に暮らし続けられる状態」と言い換えることができます。

■安心して快適に暮らし続けられる社会

安心して暮らし続けるためには、「安全」、「医療」、「雇用」、「教育」、「福祉」などが最低限必要なサービスになるでしょう。これらを医学分野の「機能障害がない状態」のWell-beingを参考に改めて解釈すると次のように説明できると考えます。

 表2.1 安心に暮らす状態、そのため社会から提供される基本的な条件

すなわち、「安全」については「日本中どこでも、災害などで突然生命・財産を失うことがない」状態、医療については「住んでいる場所によらず、最新の医療が受けられる」状態です。国や地方自治体等、社会が機能を提供することが原則であり、そのもとで個人にとっても「機能障害がない状態」が同時に実現されると考えられます。その意味で社会から提供される基本的な条件といえるものです。これらが満たされただけでも、人々がその場所に暮らし続けることを通じ、地域の伝統文化や自然が保持され、日本文化の多様性を維持できる地域が少なからずあると考えます。

 しかし、Well-beingを広くとらえ、より満たされた状態を含めて考えるなら、「快適な環境のなかで暮らし続ける」ことも極めて大切な条件になります。そこで快適な環境を、「自然」、「文化」、「地域」、「産業」、「包摂」の5つの分野から考察しました。これらを表2.2の上段に示しています。たとえば、「自然」については「豊かな自然環境に恵まれる」状態、文化については「伝統・文化に触れられる」状態です。また、地域のイノベーションの推進により産業の活性化や投資の拡大が誘発され、地域の雇用の拡大と経済成長が図られます。これら安心と快適に関わるすべてが満たされた状態が、「安心して、快適に暮らし続ける」状態ということができるでしょう。

表2.2 快適な環境に暮らす状態、個性ある地域を創る条件(上段:個人、下段:共生)

■共生によるWell-beingの更なる向上

地域における共生は、自然との共生を含め、共に生きることであり、そのこと自体が重要であると考えています。日本は地震や台風など自然災害が多く、その中で平時から自然と折り合い共生してきました。また、災害時の自助・共助・公助の取組みに加えて、地域における省エネのための協働、地域の魅力向上のための共創、他地域の抱える問題への共感など、広く人間社会における共生の主体的な取組みが各地で推進され、地域におけるWell-beingを一層向上させていることも考えられます。これらの共生は持続可能な社会を目指す上で改めて重要な理念であると考えます。

表2.2の5つの分野は、上段に示した個人が受け手の立場で得られる状態に留まらず、共生の理念のもとで地域の人々が自ら関わり、共同して構築可能な条件として考えることが出来ます。これを表中の下段に示しました。すなわち、個人として「豊かな自然環境に恵まれる」ことに留まらず、共同体として「豊かな自然環境を形成できる」ということ、個人として「伝統・文化に触れられる」状態に留まらず、共同体として「伝統・文化を継承し、発展できる」ということです。

 このように考えると、「ありたい未来の姿」を個人の幸せの追求のみで描くことは適切ではないでしょう。持続可能な社会の形成に向けて、気候変動や生物多様性は世界共通の重大な課題であり、甚大な災害の頻発する日本で、地域の防災・減災も同様に重要な課題であることは明らかです。これらに総力で取り組む社会を「ありたい未来の姿」として共感する人々も益々増えていくと考えます。

 以上より、図2.1に示すように、本ビッグピクチャーでは、共生によるWell-Beingの向上を前提とする、ありたい未来の姿を「持続可能な社会を目指し、誰もが、どこでも、安心して、快適に暮らし続けることができるWell-Being社会」と総括して提案します。 

図2.1 本ビッグピクチャーにおける 「ありたい未来の姿」

第2節 転換すべき社会の価値観

いまだ解決できていない様々な危機に立ち向かい、「ありたい未来の姿」を実現するためには、これまでの日本の社会システムやその基となる価値観を改めて見直し、勇気をもって変更・転換していくことが必要となります。SDGsに代表されるように、カーボンニュートラルや生物多様性の必要性など、従来は社会の一部でしか共有されていなかった価値観が普遍性を獲得しつつあり、「ありたい未来の姿」の実現を後押ししてくれています。その一方で、旧態依然として再検討が必要な従来からの価値観も残っています。

本ビッグピクチャーでは、「ありたい未来の姿」を実現するために我々が転換すべき社会の価値観は、今も日本社会を覆っている「縮小を前提とする価値観」、「効率性重視の価値観」だと考えます。

■縮小を前提とする価値観からの転換

日本における将来的な社会問題の原因の多くは、人口問題に起因しているといっても過言ではありません。それは、日本全体でみれば、東京一極集中と歴史上経験したことのない急速な少子高齢化と人口減少です。この人口問題に社会として働きかけ、災害リスクが高く、所得に比して経済的負担の大きい東京への移住をしなくて済む地方づくりを前提にしなければ、日本社会の縮小が一層進んでしまうことが想像できます。それにも関わらず、日本の多くの計画は、トレンドで予測された人口シナリオを前提としています。これでは、「ありたい未来の姿」は実現しません。

豊かな地方に人が住み続け、子育てに恵まれた環境で人口が増え、健康な高齢者も増えていくといった姿を目指すために、従来の縮小型の人口シナリオから脱却し、「人口の地方分散と少子化・人口減少の緩和」へと方向転換する必要があります。そのため、縮小を前提としてきた私たちの固定観念を一旦リセットして、これを常識とせずに議論を改めて広げることが大切です。

 トレンドによる人口予測。減り続ける人口を前提とした国土計画からの転換が必要。
図2.2日本の人口の推移と将来予測

■過度な効率性重視から共同体(共生)を重視した価値観へ

我が国において社会資本整備事業の意志決定は、費用対効果に代表されるような数量的尺度を主軸で行い、そうした尺度では計れないWell-beingに繋がる効果や、コミュニティのもたらす豊かさ、余裕・ゆとりを非効率なものとして評価してきませんでした。阪神淡路大震災、東日本大震災をはじめとして、各地の豪雨災害など毎年のように起こる大きな災害やパンデミックではそのゆとりのなさが、国土の脆弱性に結び付いていると指摘されてきました。近い将来には、首都直下地震、南海トラフ地震、気候変動による豪雨災害等による甚大な災害が発生すると予想される中、これまでの価値観で社会資本の整備を続けることは果たして妥当なのでしょうか。

一方で、新型コロナウイルス感染拡大により、人口が集中する大都市の脆弱性が明らかになるとともに、テレワークの活用により様々なライフスタイルが可能となり、地方、大都市それぞれの強みを活かした共生ともいきが可能な時代になりました。加えて自然と対峙することなく自然を保全し、自然や他者と共に生きる共生ともいきの価値観が求められます。

過度な効率性重視から脱却し、一律基準(効率)ではなく、共生を重視し共同体・コミュニティ単位での共通善を尊重するという新たな価値に基づいて地方の特色ある自立的な発展を促進するとともに、自然との協調を図っていく理念・価値観の醸成・共有が重要となります。

第3節 インフラの価値観の転換

インフラは、本来、国民・国土からの資源をもとにし、国民全体に広く安全、環境、経済、生活等に関する便益を与えるものです。すなわち、国民が相互に共同体を構成しているという共通認識が存在しなければ、インフラは存在しえないとも言えます。この意味で、インフラは個人的なものというより共同体のものです。ゆえに、その性質は、効率性だけでなく、平等性、公平性、あるいは安定性の観点からも語られる必要があります。インフラの役割は図に示すように効率性を目指すものと、平等性・公平性を目指すものに大別できます。前者のインフラは、費用便益分析の結果をもって整備するか否かを決定すべきものです。一方で、後者のインフラは、国民が安心して暮らし続けるために必要なインフラと考えることができ、必ずしも整備費用・維持管理費用などに見合う必要はないと考えられます。

今後、「ありたい未来の姿」に向かうためには、後者を含めたインフラをどのように整備すべきか、あるいは国民の基本的な権利とインフラの役割についてどのように合意していくのかなどインフラの価値に関わる議論が重要になります。

 さらに、インフラには、下部構造として私たちの日々の生活を支えるという役割に加えて、国土に残された自然や文化伝統を維持し将来世代に引き渡すための役割があります。この意味では、インフラは、空間への働きかけのみならず、時間を超えた働きかけの役割も担っています。自然や歴史的な文化・伝統を継承するうえでもインフラの役割についての議論を今後深める必要もあります。 

図2.3 インフラの時間軸での役割・種別と方向性

さらにいえば、社会が共同体を重視した価値観へ転換することにより、効率と公平という従来の二分法に留まらず、共同体のWell-beingを向上させる新たな価値が見出され、そのもとでインフラが強く関係付けられ必要性の根拠をもつことも考えられます。このようなインフラの価値観を転換すべきタイミングであると考えます。これを表すと図2.5のようにイメージできると考えます。ここで地域における新たな価値には何が考えられるのでしょうか。その点を土木の貢献と責任との関係で次に示していきます。

図2.4 インフラの価値観の転換

第4節 土木の貢献と責任

■「ありたい未来の姿」に向けた土木の貢献の方向性

第1章で示した巨大災害リスクの増大、パンデミックで露呈した大都市の脆弱性、地方と都市の格差拡大といった今の日本の危機的な状況に対して、我々は従来の施策の延長だけでは抜本的な解決は難しいと考えました。そこで、最初に「ありたい未来の姿」を第1節で示し、その実現のために転換すべき社会の価値観を第2節で示すとともに、その価値観のもとで転換すべきインフラの考え方を第3節で再定義しました。

これらを踏まえると、日本固有の危機に起因する様々なリスクを抑制し、「ありたい未来の姿」として、「安心して、快適に暮らし続ける」ためにインフラ(社会基盤)が重要な役割を担うことは言うまでもありません。インフラの役割を、改めて図2.1に描き加えたものが図2.5です。

すなわち、インフラは、「安心して暮らす」、「快適な環境に暮らす」ための基盤であり、その存在により「リスク分散型社会の形成」と「Well-beingの更なる向上」が図られ、「ありたい未来の姿」に近づくことを示しています。そして、こうしたインフラを適切に提供していくことが土木の社会に対する貢献であると考えます。 

図2.5 「ありたい未来の姿」とインフラ(社会基盤)との関係

■リスク分散型社会のための国土のあり方

リスク分散型社会は、安心して快適に暮らし続けることができる「ありたい未来の姿」に向け、その形成途上の姿を表現したものと考えられます。リスク分散型社会では、安全、環境、経済、生活のすべての面でリスクの分散が図られ、どの地域でも一層の安心が得られると同時に、快適な環境に暮らすため、個性を発揮して、より魅力的な地域形成に向かう取組みが推進できます。そして、その過程では、地域における共生の取り組みによって、Well-beingの一層の向上が実現されると考えます。

リスク分散型社会の形成を、国土の観点からみると、第一に空間的な分散型国土の形成が重要となりそれを支えるインフラが必要となります。その際、国土強靭化、地方創生、さらには経済安全保障といった課題認識の下でインフラを整備・維持管理していくことは、リスク分散型社会に対して土木として貢献できることの必要条件と言えるでしょう。

この際、第1章に挙げたインフラ老朽化の進行や、過度のデジタル偏重などに対しても対応していく必要があり、これらを合わせた「目指す国土像」を示す必要があります。これについては3章で解説します。

 ■土木が果たすべき継続的な責任

土木学会の100周年宣言では、土木の貢献と責任を安全、環境、活力(経済)、生活の各分野で明記し、それらを果たすために「あらゆる境界をひらいて取り組む」ことを宣言しています。リスク分散型社会を形成し、共生によりWell-beingをさらに向上することによって、「ありたい未来の姿」に近づくため、土木の貢献と責任とを、各分野に沿って具体的な取組みとして例示しました。(表2.3)

これにより土木の貢献と責任の分野を再確認すると同時に、それらに率先して取り組む重要性への認識を広げたいと考えています。

これらを、「あたりまえ」の前提が変化する中で実現していくことこそ、土木の責務であると考えています。

 表2.3 「ありたい未来の姿」に向け、土木が果たすべき貢献と責任 

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7/21に、本提言のシンポジウムをハイブリッド形式で開催いたします。詳細は今後土木学会ホームページ・土木学会note・Twitter(土木学会note支部)でお知らせいたします。


国内有数の工学系団体である土木学会は、「土木工学の進歩および土木事業の発達ならびに土木技術者の資質向上を図り、もって学術文化の進展と社会の発展に寄与する」ことを目指し、さまざまな活動を展開しています。 http://www.jsce.or.jp/