私がこのnoteを通じて1番発信したいこと
今回は自分がこのnoteを通じて発信したい内容を改めて振り返りたいと思います。
筆者はこのnoteでの発信を通じて、少しでもこれまで確りと頑張ってきた高学歴層そして何らかの努力を重ねてきた人が人生に絶望せず、前を向いて歩いてほしいと考えております。こんなに無能で、ダメダメな東大卒の自分を発信することで、「なんだ、東大卒でもこんなにダメダメなんだ、ちょっと安心したわ」みたいな感じでちょっとでも楽な気持になって欲しいと考えております。
日本は残念ながら、極端に減点主義と年齢主義が強い国です。浪人、留年、既卒、早期離職、短期離職、転職過多、昇進遅れ等あらゆるところから厳しい目で見てきます。最近は転職の際にリファレンスチェックを導入するところも増えてきて、なかなか誤魔化しが効きません。肝心の給料は他の先進国と比べて低いにも関わらず、常に上から目線で来るのが日本の会社です。逆に学歴や(一部の難関資格を除くと)資格による加点は殆ど無いです。起業等の社会的にプラスとされるチャレンジで正社員の道から外れることすら許容されません。
これなら失敗しない無難な道、例えばmarch辺りに中学受験で入り、エスカレーターで上がるのが1番正解に思えてきます。
とにかく何を成し遂げたかではなく、何をしてないかで評価されるかが日本のあり方です。消極的利己主義が蔓延するのも無理はありません。
これまでどれだけ頑張ってきても少しでもレ―ルの上から外れると、そこに戻るには何倍もの努力が必要ですし、もしかしたらもう正規ル―トには戻れないかもしれません。それならリスクを取らず、何もしないでおこうと考えるのが大半の人間にとって正解になると思います。
別に日本社会に対して文句を言いたい訳ではありません。そもそも社会の構成員は1人1人の人間であり、ミクロな個人個人という枠組みで見ると、本当はそこまで他人を厳しく見たい訳ではない。でもどうしても採用のプロセスは複数人の判断に基づく多層の意思決定になっているため、いざとなった時に変な人は採用しにくい訳です。個人が責任を取れないからです。これが個人の意思決定と会社の意思決定が乖離してしまう最大の要因です。ミクロとマクロの乖離、つまり合成の誤謬というやつです。
筆者自身、大学時代に留年を経験しましたがあの時に抱いた孤独感や絶望感は半端なかったですし、社会人になってからも何度もレ―ルの上から落ちそうになりました。その度に自力で軌道修正してきましたが、キラキラ東大卒が歩む道を歩めているかと言ったら全くそんなことはありません。残念ながら落ちこぼれに分類されると思います。就活もうまくいかなかったですし、会社に入ってからもずっと低空飛行が続いております。仕事で干された経験もあります。東大経済卒で英語も出来たので、肩書や経歴だけであれば外銀や総合商社にいてもおかしくないですが、本体が無能すぎるので、今のポジションに落ち着いております。
ただそれでも死にたいとまでは思ったことは無いのです。勿論辛いと思うことはありますが、それでも休日になれば仕事のことは忘れていますし、仕事は出来ないですが、仕事自体も好きで、職場の人も好きです。月曜になると憂鬱な気持ちになる社会人が多いと思いますが、その辛さすら無いです。逆に仕事に行かない日が続くと生活リズムが崩れて、逆に幸福度が下がってしまうくらいです。その時の方が却って辛い気持ちになります。
ブルシット・ジョブも嫌いではないです。逆にそんな仕事をしていてお金がもらえるので、ブルシット・ジョブには感謝の気持ちしかないです。「存在してくれてありがとう」「勉強しか出来ない自分の生きる糧になってくれてありがとう」。日々ブルシット・ジョブには感謝の気持ちでいっぱいです。
大学時代に留年したことで普通の東大卒が持っていそうなプライドを捨てることも大きな要因だと思います。幼少期から勉強以外は特に出来なかったですし、勉強も中学校から突然出来るようになったクチなのでそもそもの人生の期待値が高くなかったというのもあると思います。実家も高学歴の人間は一人もいないです。関西の中では辛うじて高学歴かもしれませんが、関東基準では、全くそんなことはありません。親もそもそも期待値が低いみたいで、筆者が新卒で入った会社から内定を取った時には、泣いて喜んでくれましたね。きっと東大卒の相場観とか、サラリーマンの序列もあまり分かっていないのだと思います。
数年前にあった電通事件は、激務が生んだ悲惨な事例ですが、あそこにはもう一つ大きな要因が潜んでいると思います。それは先ほどから述べている東大卒のプライドと人生に対する期待値の高さだと思います。
それがなければ、すぐにメンタルクリニックに行き、休職する。転職する。一旦実家に帰る等色んな選択肢はあったかと思います。
いっそのこと、医学部再受験でも良かったかもしれません。
アウトプットに完璧を求める日本社会が多くの社員に無駄な残業を強い、それが結果としてこれまで日本社会に蔓延っていたブラック企業を大量に生み出し、結果的に今の日本は少子化そしてそれに伴う人手不足に苦しんでいる訳です。本当のアウトプットは6割から7割で良い。そしてそれをアジャイル的にプロダクトを試す中で精度を高めて行けば良いわけです。
自分の周囲を見ていても、社会人になるまで大きな挫折をしていない東大卒は軒並み自分にも他人にも厳しく、今後も自分が失敗するビジョンを抱いているようには見えません。
これは結講危険だと思います。どれだけ自分が今出世コ―スに乗っていたとしても、いつ何があるかなんて分かりません。なにせ東大卒の場合は、少しでもレ―ルの上から外れてしまった場合、医師免許や弁護士等の士業と違って軌道修正が効きにくいですから。
1年昇格、昇進に遅れたとか(筆者からみれば)些細なことでもパニックに陥ってしまう東大卒もいました。正直、1年遅れたくらいで筆者なら何とも思わないです。
さすがに自殺者は周囲で見たことはないですが、それでもどこかにはきっといるのだと思います。
自殺してしまうくらいなら、一度は他の道が無いのか一回考えてみて欲しいと思います。
今の時代何とでも活きていく方法はあります。
医学部再受験、公認会計士試験、弁護士資格、転職、休職、実家に帰る。
休職は積極的に使って良いと思います。そこまで追い込んだ会社が悪いです。
Youtuberになるのもいいかもしれません。そして誰かに頼ればいいんです。恥ずかしくてもいいと思います。自殺してしまうのは一番勿体ないです。
そのためにも実家にはたまに顔を出した方がいいです。頼れる実家は何より強いです。
別に東京にいる必要もないと思います。福岡とか大阪みたいな西日本に行くのもいいと思います。(福岡はよく分からない部分もありますが)一回でも騙されたと思って、行ってみてください。東京と違って気楽です。人生に対する期待値が低いです。自分に甘い人も東京よりはるかに多いです。その分他人にも甘いです。あそこにいれば、人生こんなもんで良いんだという気持ちになれます。
東京だと色んな物事に対する期待値が高すぎます。
ここにいると感覚が狂ってきますが、日本全体で見ても少し特殊な場所だという認識は持っておいた方がいいかもしれません。
このnoteでは引き続き人生のダウンサイドリスクを抑制する方法に関して考えていきたいと思います。
アップサイドを狙う記事はネットに溢れているので、このnoteではダウンサイドリスクの抑制と言う部分に引き続き着目したいです。
正直これも医学部に最初から入っておけば、殆どダウンサイドリスクは無かった訳です。
高学歴の殆どは、最初から医学部に行けば手に入った幸福を取り戻す旅にでているわけです。
どれだけ辛くとも、人生諦めて、自分の人生を絶ってしまうのだけは止めましょう。
まずは一旦会社を休んでしまいましょう。
会社は生きるための道具にしか過ぎないです。そして前を向いて歩いて欲しいと思います。私がこのnoteで発信するのは、読者の方に少しでも勇気を与えること、そして誤った選択肢をとってほしくないという強い気持ちがあるからです。
今後とも発信活動は細々と続けていきたいと思います。
こんな筆者ですが、少しでもこのnoteを通じて誰かに勇気を与えることが出来たら物書きとしてこの上なく幸せなことだと思います。