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国語教師が澁澤龍彦をすすめます。
『高丘親王航海記』(澁澤龍彦著、文藝春秋)は澁澤龍彦の遺作です。
澁澤龍彦はフランス文学を専門とする翻訳家であり、評論家、そして小説家です。西洋文学に造詣が深く、特にフランス文学については「わからないことは澁澤に聞け」と言われるほどだったとか。幻想文学や頽廃芸術にやたら詳しく、その手のものの日本への紹介者としては右に出るものがいない。
高丘(高岳)親王は実在の人物です。平城天皇の第三皇子で、嵯峨天皇(平城天皇の弟)の皇太子となりました。平城天皇の皇子には、他に阿保親王という方もおり、この方の息子たちが臣籍に降りて在原行平、業平と名乗るようになりました。名門ですなあ。
さて、高丘親王は皇太子にはなったものの天皇位を継ぐことはなく、仏門に入り空海の弟子となります。空海の高弟(優れた弟子)として高野山に寺院を開きますが、後に仏道を極めるために唐に渡り、次いで天竺に移りました。が、天竺で行方不明に。一説には虎に襲われ命を落としたとか。
このけっこうに波瀾万丈の一生を送った親王を主人公に据えたのが『高丘親王航海記』です。ただでさえ並の人間の数倍はたいへんな目に遭った主人公を、わざわざ奇想の旅に送り出すもんだから、えらいことになります。ジュゴン、バク、カリョウビンガ(いずれも作中は漢字表記)、生き物だか物の怪だか魑魅魍魎だか、わけのわからないモノがいっぱい出てきます。地上を船が走るわ、リアル「ミイラ取りがミイラになる」わ、こんな話を破綻無く、最上の読み物としてまとめるんだから、澁澤龍彦、恐るべし。
以前、金沢の泉鏡花文学館で鏡花の影響を受けた作家の代表作として『高丘親王航海記』が展示されていました。なるほど、泉鏡花と澁澤龍彦、通じるところがあるかも。
澁澤はマルキ・ド・サドの『悪徳の栄え』の翻訳で、わいせつ文書販売、所持の容疑を受け起訴されました。遠藤周作、大江健三郎、吉本隆明等、そうそうたる面々が弁護に立ちます。ご本人は「お祭り騒ぎ」で「おもしろく」やる、と宣言なさったとか。
その『悪徳の栄え』、これはやはり奇書ですな。原作のマルキ・ド・サドもすごかろうが、澁澤の翻訳がまたエライことで。どうぞご自分でお読みください。できれば『O嬢の物語』もあわせて。見事読み終えた暁には、勢いに乗ってバタイユと夢野久作を。これであなたも立派な変人。
『悪徳の栄え』については、澁澤龍彦自身がこんな風にいっています。
「これは間違いなく悪書である。しかし、たまには悪書を読むのも精神の安定上は必要である。」
たまには悪書もいいかもしれない。でも、悪書ばっかりではマズイか?やはりものごとは、コロとか、ホドが肝心かな?
いや、しかし、それでも悪書はおもしろい。