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神の社会実験・第12章

そこまで言われると、さすがの父と母もぐうの音も出ない様だった。見えないふり、知らないふりをして、今まで通り生活をしようと思ったら、少なくとも僕ら一家は安泰に暮らせる、なじみ深い世界。でも、それがどのような危なっかしい綱の上に成り立っているバランスで、今にもそれが崩れ落ちてきそうな状況だという事は、まともな大人なら皆、なんとなく感づいている事だろう。それでも僕は、本当に存在するかどうかも分からない、訳の分からない神が実験で作った全く未知の別世界で、悪魔の下に一人で置いてきぼりにされるのはまっぴらごめんだった。

そうだ、今の世界にだって、いいことはある。先生の言った悪いことについても、何とかしようとしている運動だって地道に行われているのだ。SDGsなんて物も、最近よく小耳にはさむじゃないか。歴史を振り返っても、革命なんかで、圧倒的に力を持つ者達から自由を奪い返す事に成功している例は沢山あるじゃないか。今まではそれらの問題の根源がお金だって気付かなかった人達も、階級制度や宗教の隠れ蓑が薄くなってきている現代では、気付く事ができるんじゃないか?そんな風に何とか反論しようと僕が焦っていると、母がため息交じりにこう言ってくれた。

「確かに先生の仰る通りかも知れません。今の社会には沢山の重大な問題が溢れています。先進国はいつでも戦争やテロに怯えていますし、発展途上国では絶えず内戦や紛争が勃発しています。それも皆、戦争ビジネスのためだとも言われています。信じたくはありませんが、きっと本当でしょう。私たちの国、日本でも、お金に起因するストレスが原因の精神疾患の患者さんは沢山いるようですし、少子化問題で国の経済が脅かされている事も事実です。世界の環境問題だって悠長に構えていられる状況ではなくなってきています。お金のためなら、自分の子供さえ売り物にする酷い親も世界中にいます。そんな煩わしい事だらけの世界から離れて、息子が自分の能力をのびのびと発揮できる世界が本当にあるのなら、どんなに素晴らしい事でしょう。
でも、先生のお話を聞く限り、この島は実験段階にあるのですよね?しかも、息子はまだ15歳です。親ばかで申し訳ありませんが、息子はしっかりしている方だと思います。けれども、怪我をしたり病気になったりしたら、ちゃんと治療してもらえるところがあるのかしら?学校はどうなるのでしょう?もし、ここにいたら、大学などに進めるのかしら?何も知らない所に、息子を一人でおいていくなんて、母親としてはやっぱりできません。」

そうだ、そうだ!僕は、十年ぶりくらいに母に抱きつきたい気持ちになった。父も、よく言った!とばかりに母の手を取り、何度も頷いている。
悪魔院長先生は、ごもっとも、というふうに頷いた。

「お母様、それは至極まっとうなお考えです。それでは、お母様とお父様が安心して息子さんを預けていただけるように、ご説明いたしましょう。
まずは、この島で行われている実験ですが、これは今始まった事では御座いません。神はこの島で、もうかれこれ200年以上も実験を続けておいでです。この島に住む全ての者は自由であり、本当の意味で平等です。これは、物資を同じ分だけ分け与えるというような、社会主義的な意味の平等ではありません。本当に、神の前での人間の価値として等しい、と言う意味です。この島は平和で、ここに存在する全ての物は素晴らしい物ばかりです。そして、この楽園を実現する鍵は、お金を無くすこと、ただそれだけだったのです。この島を治めているのは島民で、天使や悪魔の介入は、全くありません。

どういう事かと申しますと、この島の資源は潤沢で、自給自足が達されています。ここの住民は、皆自分の得意な事や好きなことを極めることで、生計を立てています。生計を立てると申しましても、お金の心配がございませんので、持ちつ持たれつ、自分のできることを自分のペースで行って暮らしているだけですが。そしてここには、外の世界に存在する便利な物は全てあり、予算やトレンドに縛られることなく自由に島の住人達が作り上げた、優れた物で溢れています。そして、全ての物やサービスが無料です。

お母様が心配されている教育の事ですが、この島には、小学校以降の一般義務教育はございません。その義務教育でさえ、外の世界の様に掛け算を暗記するなどつまらない事は致しません。色んな人や自然に触れながら、それぞれの在り方やコミュニケーションなどを遊びながら学ぶのです。小学校以降はそれこそ、本人の個性や希望にそって、ありとあらゆる教育を自由に受けることができます。島に残ることを決意されたら、まず性格や特性の判断を受けていただきます。そして、ご自身の希望なども踏まえながら、幾つかの職業を、見習いとして経験していただきます。その中からご自分で一番興味がある、或いは性に合う事を選んで追及してもらいます。幾つもの才能をお持ちなら、職業を掛け持ちしても構いません。多様な特技を組み合わせて、全く新しい職業を作り出した人もいます。外の世界同様、資格が必要な職種もありますが、働き方としては基本的に皆好きな作業を好きな時に好きなだけ行うのです。この島では、全ての能力は等しく価値があり、そこに優劣はありません。掃除好きで得意な人はその道を極め、研究の好きな人もまた然り。そして、お給料や待遇などの問題が発生しないので、皆それぞれ自分の好みに合った生活を送ることが許されるのです。庭付きの大きな家が好きな人は、その様な家に住めば良いですし、個性的な空間が好きな人は建築家やインテリア・デザイナーに頼んで改築・改装などをしてもらえます。

この島には様々な専門家たちが存在し、お金の心配のないここでは、その専門家のプロフェッショナルたちは思う存分時間をかけ、最新のテクノロジーをふんだんに駆使し、自分自身納得がいく仕事ができます。勿論、お母様の心配事の一つである保健医療システムにおいても、最前線のテクノロジーを使った、最高の治療を患者さんに提供できるのです。収入やステータスが伴わないため、本当になりたく且つ向いている人だけが医療現場に立っています。皆患者の事を一番に考え常に勉強して、多種多様なプロフェッショナル達と協力し合って、いかに素早く、そして患者の負担を少なく治す事が出来るかに熱を燃やしています。雇用に関する経費の絞りや、ノルマなども当然ありませんので、医者や看護師の数は十分で、誰も無理などして医療ミスをする事もございません。大好きな研究に没頭しすぎてやつれている先生も、たまには居りますけれど、周りにちゃんとサポートする人たちやシステムがありますので、全く心配はありません。そうして、医師や看護師達が快適に働けるよう、病院の建築や託児所、食堂のメニューなどの労働環境も、その道の専門家が力を合わせて最高の物を提供してくれています。新人を育成したり、研究をしたりする時間も余裕もたっぷりありますから、この島の医療は貴方方の世界よりも最低50年は進んでいるでしょう。

医療面だけではなく、全ての事に関して、この島は外の世界よりも何十年分も進んでいます。ここに来る時に乗られたバス、快適でしたでしょう?あれだって、あまりにもあなた方の常識からかけ離れていて驚かせないためだけに用意した物で、島ではあんな旧式なモデルはもう何十年も使用されていないのですよ。バスだけではなく、道を照らす電灯、他の乗客の持ち物や服など、全てここで作られたものです。そして、生産過程や運転に伴う、環境への負担はゼロ。そして、光合成を利用した電池など、中には、使用することで環境を助ける物などもあります。この島では、もうカーボン・ニュートラル化を通り越して、自然環境を修復するテクノロジーが開発されているのです。実際に、現時点この島で生産されている酸素は、お隣の島を囲むサンゴ礁による酸素供給を遥かに超えていて、僅かですが外の世界の自然修復にも貢献できているほどです。

そして、この島の掟はただ一つ、外の世界にこの島の存在を知られない事。これは、外からの情報を得ることは構いませんが、この島の優れた製品やテクノロジーを島の外に持ち出して、外の世界に残してきた家族などを助ける、大儲けや支配しようとする事、或いはこの島の存在を外に漏らす恐れがある行動などを禁じています。ただ、それだけです。」

Photo by Ali Pazani from Pexels

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