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「なにをもって感染とするのか」の論理思考(その1)

 政府やメディアでは、いまだほとんどの多くの検査陽性者を感染者として繰り返し報道しています。

そもそも感染とはどういうことでしょうか?

完璧な検査はそもそもなく、精度がある

 PCR検査や抗原検査など、全ての検査には精度があります。
検査には、感度と特異度により偽陽性、偽陰性があり、その確率を計算する数学の問題として、医師国家試験の出題範囲のようです。
全ての医師はこのことを知っているはずです。
検査結果をもって、確定的な診断を行うことはできません。
検査結果を踏まえて、最終的には医師が診断結果をくだすのが正常です。

論理では、
「PCR検査で陽性であること」は、「感染者であること」の十分条件で、必要条件ではありません。

従来は医師が診断結果を下す

 検査結果が確定的な診断を与えない以上、医師が診断するわけです。
もちろん、さらに医師の診断であっても完璧ではありません。

しかしながら、今日のコロナ禍においては、この医師の診断をすっ飛ばして、主にPCR検査の陽性結果だけで感染者とみなし対応されています。

論理では、
医師の診断結果があることは、感染者であることの十分条件で、必要条件ではありません。

PCR法は診断に用いてはならないと警鐘

 PCR法を開発したキャリー・マリス氏(ノーベル化学賞受賞)は、診断にPCR検査を用いてはならないと警鐘を鳴らしていました。

 簡単に説明すると、細菌やウイルスなどの検体であるDNAを研究のために増幅する手法であって、人体に存在するウイルスを増幅させて検出することによる診断に用いてはならないということでしょう。

 ct値と呼ばれている増幅回数が多ければ多いほど、ねずみ算的に増幅されるので診断に用いれば陽性になってしまいます。
ct値の増幅回数も各国や検査機関でバラバラでした。増幅回数が多ければ、少ない断片を膨大な数に増幅して検出してしまいます。

その他いろいろ

  • 検査で偽陽性のとき、実際は感染者でないことがあります。

  • 微量のウイルスが存在していても、不適正なct値で膨大に増幅されれば陽性となってしまいます。

  • そこそこのウイルスが存在しても、免疫が働いていて抑えているので、症状がほとんどないことがあります。(無症状感染者は当然存在することで、必要以上に騒ぐことはおかしなことです)

  • 常在ウイルスや常在菌があるように、そもそも体内に常在していることがあり、だからといって発症するとは限りません。

    検査で陽性であれば、感染者である。
    ウイルスが存在するならば、症状がある(発症する)。

まとめ

 PCR検査であっても偽陽性と偽陰性が含まれており、さらに医師の診断があっても必ず感染しているかは確定できないため、実際の感染者数は異なるということになります。
 従来は必ず資格を持つ職業の医師が診断を下していました。
ところが医師の診断なしに検査結果だけで感染者と取り扱われ、騒ぎが大きくなってしまいました。
そのPCR検査のct値などの検査手法が適正に運用されておらず、その結果で騒ぎが大きくなりました。
 検査結果であっても割引き、医師の診断であっても割引き、冷静に客観的に向き合うことが大切です。恐怖に支配されて情動優位になってはいけません。



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