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すずらん(後編上)

「父が診せてもらっていたようですね」カルテをめくりながら医師が言った。
「昨年父が亡くなったので私が後を継いだんですよ」まだ、場に慣れない笑顔をみせたが、それがまた新鮮で好感を感じさせた。

定例の問診の中で、医師はすでにケアマネジャーが同行してきた意味を感じ取っていた。茜に目配せをすると、社交的な挨拶を終え二人を待合室に出すと、改めて茜だけを呼んでくれた。

「左右田さん、先生も安心してくれてよかったですね。今度は私が先生にご挨拶をしてきますのでちょっと待っててもらっていいですか」というと、一郎は機嫌よくうなづいた。

茜は遠回しに、一郎がひとりでどこかへ行かないように看護師に目配せをして、診察室に入る。
「うーん、以前から父も精神系の疾患を疑っていたみたいですね。認知症の症状とは少し違うようです」と医師が言った。

「専門の医師を紹介しましょう」というので、みちるは不安を口にする。
「今日はたまたまうまく連れてこられましたけど、ご家族が言われるには絶対病院には行かないそうです。訪問診療のほうが良くはないでしょうか」

「ああ、それはいいですね。精神の専門医が良いでしょう。僕は往診の医師なら紹介出来ますが、訪問診療をしてくれる人はわからないなぁ」

「先生、大丈夫です。仕事がら精神専門の訪問診療の先生には、普段からお世話になっていますので頼んでみようと思います」と茜が言うと、
「それなら助かります。いつでも紹介状は書くから言ってください」と玄関まで送ってくれた。

「左右田さん、いい先生で良かったですね」
「ああ、でも昔の先生とは違うようじゃったなぁ」分かっていないのかと思っていたが、一郎はしっかり認識していたことに茜はまた驚かされる。

認知症ではないことを茜は確信した。

一郎は庭いっぱいのスズランが自慢のようで、訪問すると必ず一度はスズランの話になる。そして必ず帰り際には苗を持って帰りなさいと手渡されるのだ。

両手にいっぱい庭から掘り出し、根が付いたまま手渡してくれる。茜もその洗礼を受けた。玄関の戸が閉まるのを待って、庭の隅っこにその苗ごとそっと置いて帰る。そしてその手を速やかに消毒した。

初回訪問時に、あちこちに苗が積みあがっていた理由はこれだったのかと茜は気がつく。

その後、娘婿の浩から緊迫した様子で電話が入った。
「美代の弟が接触してきてるんですよ。どうも父も金を送ってたみたいで」と腹立たしそうに言葉を詰まらせる。

「定職にも就かないで、借金もあるようなんです。こんど、オヤジのところに来るようなことを言ってるらしくて」そうなれば、家の権利書などを持ち出されてしまう。一郎は息子に甘いのだというような不安を訴えた。

「それはどこからの情報ですか?」茜がたずねると、一郎の姉からだという。姉もまた、一郎の息子つまり甥の一樹が可愛いのだと、浩は吐き捨てるように言った。


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まる風太
チップ応援をいただいたことは一度もありません。予想もつきませんが、うれしいのでしょうか。責任が重くなりそうですが、きっとうれしいのでしょうね。