夏なので短編怪談/あけない
日曜日の夜だから早く寝るつもりだったのに、また一時を過ぎてしまった。明日から一週間が始まる。仕事もあるし、早く床に就こうと思っていたはずが、スマホを手にすると、面白そうな記事や動画につい目が止まってしまい、気が付けば深夜を回っていた。
とうとうスマホの充電も残り3%と表示された。さっきから電池マークが赤くなってるのに気付いてたけれど、寝る前に充電するしとギリギリまでいじっていたが、もう終わりにしろのサインが出てる。ちょうどいい。寝るための区切りがついたと画面を消した。
「さすがにもう寝ないとね」
寝転がっていたベッドから起き上がり、充電器を探したが見当たらなかった。いつも置いてあるはずの部屋のローテーブルからなくなっていた。
あれ?と思った直後に思い出した。そうだ。夕食の後に弟に貸したのだ。
昨夜友人宅に泊まりに行っていた弟がその家に充電器を忘れてきてしまい、
同じ機種を使っている私に「姉ちゃん貸して」と言われてリビングに持って行ってそのまま置いてきてしまったのだ。
なんで私が取りに行かなきゃいけないの。もう、と呟きながら立ち上がって歩きだした時だった。カタン…と後ろから音がした。振り向くと、開いてた窓のカーテンがふわりとたなびき、ドレープの波が開いた空間に、白い手がゆらりと現れ、甲をこちらに指先を下に垂らした状態で、だらりとサッシにぶら下がった。
…………………………………………………!
驚きのあまり呼吸が止まった。呼吸だけでない。まるでフリーズの魔法を掛けられたように全身が固まった。恐怖で声が出ない。目を見開いたまま、窓枠に置かれた手を凝視した。
なんなのこれ?誰か登ってきてるの?
だがとても窓に近付く勇気はなかった。覗き込んだ直後にその「誰か」と目が合ったら。もし体を掴まれたりでもしたら…。それが人間だとしても、人間じゃないにしても、見たくはない。どちらにせよ恐ろしいに決まっているからだ。
手は同じ場所に垂れ下がったまま一切動かない。皮膚ではない青白さを放ちながら、こちらを見張るようにじっとしている。それは時を伺ってるみたいにも思えた。
部屋を出たかったが、背中を向けた一瞬を狙って這い上がってきたら。悲鳴を上げた直後に窓がもっと開いたら…。そう思うと怖くて動けなかった。
家族に助けを求めようにも、もうみんな寝ている。弟の部屋は隣ではなく廊下の向こう側。この手の正体を確かめに行ってと頼みたいのに、スマホの充電はついに0%に落ちた。
現在1時41分。
手はまだそこにある。血の気はなく脱力してるようにだらんとしているが、五本の指はわずかに折り曲がっていて、あたかも隙あれば掴みかかりそうな気配を漂わせている。その手の主の姿形を考えれば考えるほど、恐怖は増していった。
このままどうすればいいのか。外が明るくなるまでこの手と一緒に部屋で過ごすのか。夜明けまではまだ遠い。そして用心のために、私は窓もドアも開けられないでいるのだ。
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