短編小説/君のおっぱいが見たい・推し活編②
ハルコを知ったのは八年前。秋葉原のライブハウス。
ゲームを買いに行った帰りに通りかかった告知ポスターにつられた。
誰この子。可愛い。
暇だったし、見たいなと思った。
当時の『ガールフレンド☆エトセトラ』は今より客がいなかった。
でもステージの彼女らはキラキラしていた。
歌って踊って跳び跳ねてコール&レスポンスを煽る。
そしてハルコはひときわ輝いていた。
この人は他の女の子と違う。天からの衝撃。感電した。
ライブのあとにおそるおそる握手会に参加した。
1000円払ってCD を一枚買い、その権利を得た。
「ありがとう。ステージから見てたよ。また来てね」
ハルコは両手で国崎の手を包んで言った。
手袋をしたままだったが、そんなこと気にならなかった。
初めてだった。そんな言葉を掛けてくれる人は。
25年間彼女なし。学生時代はスクールカースト最下層。
出来のいい弟と比べられて家の中にも居場所がなかった。
ここに来ていいよ。
そう言われたことが国崎は嬉しくてたまらなかった。
一気にのめり込み、それからは毎回ライブに通った。
グループ全体を応援してるが推しはもちろんハルコ。
「国りん。今日もバキバキだったじゃん」
顔も覚えてもらうとハルコに「国りん」と呼ばれるようになった。
人生初めての呼び名。それが新鮮でくすぐったい。
会える時間が楽しくて国崎の生活はハルコ一色に染まった。
どんなに嫌なことがあってもハルコを思い浮かべれば頑張れた。
ライブを盛り上げるために一番声を出して一番大きく踊る。
地方でも海外のアイドルフェスでもハルコがいるなら行く。
誰より彼女らを愛して金も使った。
いつしか国崎は自他共に認めるトップオタに君臨していた。
初めて与えられた名誉の称号。
ここいれば卑屈にならない。
自分も輝ける場所。
幸せが続くのを願った。
だが祭りはいつか終わる。
「ガールフレンド☆エトセトラ」は今も活動しているが
ハルコは一昨年脱退した。円満の卒業ではなかった。
いわゆる男問題が原因だ。
ハルコはホストクラブに嵌まっていて
店で別の客とトラブルを起こして警察沙汰になったのだ。
それがきっかけでハルコの名前が世間に知れ渡った。
「やらかしアイドル」という別名と共に。
ハルコがホストに入れ込んでいるのはファンの間では周知だった。
自分達が貢いだ金はそのままハルコご指名のホストに流れる。
だからハルコは声援より金をいつも欲しがった。
ソロになってからライヴは二ヶ月に一度あるかないか。
でもライヴ配信はほぼ毎日やっている。
スパチャ目的だ。投げ銭欲しさにハルコはにっこりする。
だから金額が少ないとあからさまに不機嫌になる。
配信の途中なのにマンガを読み始めたり
「ダルいからもう終わり」と唐突に切れたりする。
国崎の給料の半分もハルコに消える。
それが何に使われようと惜しいと思わない。
ハルコが喜ぶことをしたい。
それが推し活。トップオタの使命だからだ。
しかしさすがの国崎もこれは難題だった。
DVD3000枚。一枚3800円。総額11400000円。
いっせんひゃくよんじゅうまんえん。
こんな金どうやって作ればいいのか。
ゲーム会社に勤める国崎は正社員で安定したサラリーはある。
残業次第で多少は前後しても平均で30万ぐらい。
生活するに支障はないがハルコへのスパチャでほぼなくなる。
毎日カツカツ。今やカップラーメンも物価高で高級品となったので
もやし5袋を煮て、そこにめんつゆを垂らしたものが主食だった。
それは別に苦ではない。ハルコに会えるなら。
だが11400000円は用意しなければならない金額だ。
これまでハルコに捧げた総額も1000万はゆうに越えてる。
握手会。グッズ購入。地方遠征。チェキ代。バスツアー権利料金。
そして最近はスパチャ代がバカにならない。
8年間で貢いだのと同じ金額を一枚のDVDにために投下する。
当然貯金などゼロ。次の給料日まであと16日もある。
なのにキャンペーンの期日は今月いっぱい。
多分ハルコは緊急事態なのだ。
月末までにどうしても金が必要になって焦ってる。
そうでなければあの気位の高いハルコがおっぱい見せるなど言わない。
言わないでほしかった。
ハルコにはずっと女王様キャラを貫いてほしい。
客に媚びないから好きだった。
撮影会を催せば普通のアイドルはちょっと露出多めの服を着たり
水着になったりする。
でもハルコはステージ衣装のまま。水着なんか絶対着ない。
「ハルコはハルコであってエロとか女で売ってないから」
その言葉に国崎は痺れた。かっけえ。やっぱハルコは特別だ。
そう信じてたのに。なんでおっぱい見せちゃうんだよ。
言ってることとやってること違うじゃん。
なんだって人間ていうのは誰かをバカにしておいて
それ以下のことをするのか。
しそうな自分にブレーキ掛けるための予防線なのか。
なんにしろキャンペーンはもう打ってしまっている。
問題はおれがどうするのかだ。
11400000円を集めるのか。
多分自分以外に3000枚買おうとする奴はいない。
達成してハルコのおっぱいを拝むのか
誰もやらずに企画自体をおじゃんしてハルコのおっぱいを守るのか。
ファンとしてトップオタとしてどちらを果たすべきなのか。
悩みながらも「ア」や「プ」から始まる金融会社をつい検索していた。