見出し画像

【読書感想】「日没」桐野夏生

私は基本的に世の中の動きには興味がない。というのも絶望しているからだ。いつの間にか、市民ではなく国民と呼ばれるようになり、すべてがお国優先で、人はどんどん自由を明け渡している。ニュースはネットで見ていたが、時の政権に阿る書きっぷりにうんざりして、読むのをやめてしまった。もちろんテレビは捨てたし、新聞も取っていない。

桐野夏生「日没」第一章より抜粋

大好きな作家さんですが、久しぶりに読みました。
救いようのない世界への振り切りっぷりが好きなのです。


現在の価値観で当てはめると、「転落」とか「不遇な状況」?に主人公や近くの人物が陥りますが、その価値観なんてたいした意味を持たないような、生死ギリギリのところに追い詰められます。綺麗事ではない小説、それが桐野さんの作品です。

以前、何かのインタビューで、桐野さんがなぜ一見救いようのない世界を書くのかに話が及び、(当時、たしか少なくとも「OUT」「柔らかな頬」「グロテスク」は執筆後だったかと)

「フィクションで救いようのない酷い世界を書くことで、現実がそれを凌駕しないようにするため」というようなことを述べておられました。

うーん、そうやってフィクションのなかで「世界を壊す」ことをやっているのか、実は深い祈りにも似たような物語を書く行為だと思いました。

ちょっと桐野夏生さん談義が長くなりましたので、作品のことに話を移しましょう(笑)。


この文庫本を書店で見かけて、気になったので冒頭読み始めました。そこで乗れるか乗れないかで買うか買わないか決めますが、最近は悲しいかな、あまり本が読めなくなってきているので私のことだからどうせ読めないんだろうな、と期待しないで…

そこでこの投稿の最初の抜粋部分が目に入ります。

淡々と述べられた主人公のひとり語りから、絶望感、強烈な孤独、誰にも期待せず生きる矜持みたいなものを感じ泣きそうになりました。自分が普段意識しない悲しみに気付かせてくれます。

この主人公は女性作家。ある日「文化文芸倫理向上委員会」と名乗る政府組織から召喚状が届きます。出頭先に向かうと断崖に建つ海辺の療養所へと収容され、そこで「社会に適応した小説」を書くように命じられる…と物語は展開していきます。

人としての尊厳がギリギリのところまで踏みにじられて、酷い話が続くのですが、何故か読後が悪くないのが本当に不思議です。たったひとりでも闘うのをやめない、諦めようとしない、みっともなく追いつめられても転向に倣わず生きることを手放そうとしない主人公の生命力いや執着に圧倒されます。とはいえ自分が揺れたりなびいたりすることも観察しながら。ぐちゃぐちゃになりながら。

それにしても巧妙な規制や監視、詭弁。支配や統治を強めようとするならば、いくらでもやり方があるのだと恐ろしさを感じました。ディストピア小説とも評されていますが、世界は作ろうと思えばいかようにも舵を切れる危うさをも。


最後までお読みいただきありがとうございました。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集