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「ドイツといえばヒトラー」なのか
「ドイツって言ったらヒトラーしか思い浮かばなーい」
これが私の上司が、私がドイツ出身だと話した昼休みに言われた一言。新しく赴任してきた方に同じように昼食を取りながら自己紹介をしたときも、私の上司はそう言った。2回とも全く同じことを言われた。
複雑な気持ちだ。
正直、怒り浸透な自分は間違いなくいる。
カンボジア人に「ポルポトしか思い浮かばない」、イラン人に「ヒズボラしか思い浮かばない」とか言うか?普通。無神経どころの騒ぎじゃないだろう。
ドイツで育つと、ヒトラーは絶対悪として語られる。いかに邪悪で差別的で残虐だったかを小学生の頃から洗脳教育のように学び続ける。どんな文脈であれ「ヒトラー」という名前が会話の中で出てくれば非常に身構える。その名を聞くだけでシャワー室、山積みになった死体、六芒星を付けられ連行されるユダヤ人、数字の焼印を入れられた腕の映像が瞬時にフラッシュバックする。
私は日本人の顔をしているし、一見わからないかもしれないが、私の受けた教育や道徳観の礎はドイツにある。「ドイツ=ヒトラー」と言われてどれだけ不愉快か、どれだけ頭に血が上るか、どれだけ苦しいか、どれだけ落胆するか、はたして日本育ちの友人たちには理解してもらえるだろうか。
落胆と書いたが、その気持ちも大きい。
私は私を育てたドイツを捨てた。現地の社会的価値観に適合しきれなかったのと、外国人として生きることに疲れたことと、単に日本オタクだったからだ。故郷を捨てただけあって、私は大人になっても、ひたすら病んでいるだけで、私を育ててくれた社会に何も還元できなかった。私に教育という大きな恩恵を与えてくれた社会が「ヒトラーの国」としか見られていないことに落胆したのだ。
そもそも、自分を育てた国を歴史に最悪の意味で歴史に名を残した人物と結び付けられて、悪意を感じ取らないのは異常だ。
もしこれを読んでいる日本人のあなたが海外で「日本といえば東條英機/パールハーバーしか思い浮かばない」と言われたら、それはケンカを売られているのであって。はっきり言って、そういう人物は根底からあなたを見下しているので、仲良くなろうとか、誤解を解こうとかしない方がいい。距離を取るべきだ。
いろいろ書いた一方で、日本人特有の「平和ボケ」というか、独特な無神経さ、その無神経が許される社会の空気は私も感じ取っている。
ネットで「表現の自由がない」と憤慨する人たちは散見されるが、とんでもない。この国では指を揃え手のひらを掲げて挙手しても、「ハイル・ヒトラー」と叫んでも、ヒトラーを礼賛しても、ホロコーストを否定しても身に危険は及ばない。国家権力によって逮捕されることもない。私の故郷では身に危険が及ぶ恐れはあるし、逮捕だってされる。ヒトラーの肯定は犯罪なのだから。
「アベ政治を許さない」が一部界隈で流行していた頃、私は新宿駅前でこのスローガンを掲げた女性が拡声器を持って「安倍はヒトラーなんですよ‼︎」と声高に叫ぶのを見た。なんて無知なんだろうと呆れた。そして憤慨した。安倍晋三なんて生ぬるい権力者が、大統領と首相を兼任し、ユダヤ人だけでなく障害者を含む「生産性の低い人々」を実際に文字通り「片付け」てしまった「総統」と一緒に見えるとは、第三帝国がもたらしたものを薄ぼんやりと「悪しき独裁」としか認識していないようだ。現実はもっと根深いのだ。現実に目を向けないで安直にアドルフ・ヒトラーの名を叫ぶことに強い嫌悪感を覚えた。そんな大学生の夏。
昔ドイツに赴任してきたとある方でさえも職場でハイルヒトラーして見せたという話を父から聞いた。外なら逮捕されるところだったな。
実はこの上司にこう言われたことはいろいろな人に話した。私の周りの日本の人々はどう考えるのだろうかと。
「ええ、それはちょっと…」とドン引きする人も「それって差別じゃん!」と怒りを表す人もいて、リアクションは概ねネガティブだった。
父だけはやはり反応が違っていて「知らないんだよ。しょうがないよね」と諦めモードだった。そういう国際感覚のない無神経な人(日本人、ヨーロッパ人問わず)に関わってきたからこそだろう。「リンジェが半分(価値観が)ドイツ人かどうかなんて知らないんだよ。知ってたとしてもわからないんだよ。」それはそう。ドイツと聞いてヒトラーの名前しか出てこない人がそこまで考えているはずがない。
そもそも外国出身者と交流をするときは相手国の良いところを挙げるのが最低限の礼儀であって。
問題の発言をした私の上司には私(障害者)の支援員から注意していただいたそうだが、「何がいけないんですか?」「それじゃあ何も言えないじゃないですか」という反応だったそうで、無知による攻撃性に頭を抱えるばかりである。
もしあなたが出会った人の出身国に本当に、本当に悪いイメージしかないのなら素直に「あなたの国のことはあまり知らない」「どんな場所?おすすめの場所や食べ物はある?」と素直に聞いてみよう。明るい話題を引き出してみよう。
特定の政治家のイメージしかないならその話題もさけよう。その人が特定思想の持ち主だとしたら大変だ。大演説が始まってしまう。自分の身を守るためにも、まだよく知らない人と政治の話をするのは避けよう。
長々と書いてしまったが、要するに国際感覚がないならないなりに接し方はあるということだ。
悪いイメージのある国はごまんとある。しかしその悪さを一人の個人に投げつけるのは違うのではないかと思うし、私のような、あるいは私以上に辛い思いをする人を少しでも減らせたらと思う次第だ。
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